ゴーイング・コンサーンの幻想-5 西武鉄道


これまで私は、ゴーイング・コンサーンの幻想を取り外した場合、あるいは一歩進んでどこかのファンドに売却しようとした場合、西武鉄道、あるいは同グループの資産の評価がどのように変化するのか、お話してきました。

 次に、企業経営にあって極めて大きな問題である資金繰りについて考えてみましょう。

 まずこのたびの不祥事(大株主の株式保有状況を長年にわたって偽っていたこと)が発覚する前、つまり上場が継続している状態での西武グループの資金繰りを見てみます。


 連結財務諸表(平成16年3月期)の中には連結キャッシュ・フロー計算書(以下、キャッシュ・フロー表)があります。公認会計士の山田秀和さんと近沢優司さんとが監査証明しているものです。

 一般に、公表されているキャッシュ・フロー表は、記載形式が財務諸表規則によってこと細かに決められています。普通のキャッシュ・フロー表である総額表示形式の他に簡便法による表示も認められており、西武鉄道はこの簡便法によるキャッシュ・フロー表を作成しています。簡便法は、結果的には間違ったものではありませんが、営業活動によるキャッシュ・フローが実際のキャッシュの流れを示しているものではなく、最終利益から計算するものです。教科書に出てくるそのままのもので、いかにも役人が机上で用意したシロモノです。

 簡便法といえば普通は理解し易いと思われていますが、こと資金運用表に限っていえば、実際のキャッシュの流れと一致していませんので、企業の経営者には何とも奇妙なものに映るはずです。

 そこで、もっと分かり易くするために書き直してみることにします。



 規則で定められているキャッシュ・フロー表は、簡便法の場合、税引前当期純利益からスタートするのですが、ここではその前の経常利益からスタートしてみます。



***<西武グループのキャッシュ・フロー表>

1.営業活動によるキャッシュ・フロー

1.経常利益7,649百万円
2.減価償却費47,425百万円
3.税金の支払△10,910百万円
4.その他11,217百万円
合計55,381百万円

2.投資活動によるキャッシュ・フロー

1.固定資産の取得△33,515百万円
2.補助金等3,029百万円
3.その他1,186百万円
合計△29,300百万円

3.財務活動によるキャッシュ・フロー

1.長期借入金134,530百万円
2.長期借入金の返済△135,527百万円
3.その他△25,572百万円
合計△26,569百万円

 尚、この3つのキャッシュ・フローの合計金額は、「連結キャッシュ・フローの状況」として、平成16年3月期決算短信(連結)にも載せられています。

 この表から分かることは何でしょうか。

 まず、「3.財務活動によるキャッシュ・フロー」をじっと見つめてみますと、-

 長期借入金が、1,355億円返済されていますが、ほぼ同じ額の1,345億円が新たに借り入れられていることが分かります。つまり、形だけ返済したことにして、ジャンプがなされているのです。尚、「その他」として255億円の財務支出がなされていますが、この内訳は、短期借入金の返済(184億円)、コマーシャル・ペーパーの決済(50億円)及び配当金の支払(21億円)となっています。

 実は、この中の短期借入金の返済184億円は、単なる純増減額(この期は純減)であって、キャッシュの流れを反映しているものではありません。特に、手形貸付の「ころがし」(西武グループには1,000億円以上あるようです)と称するものの実態が隠されています。いわば、ゴーイング・コンサーンの幻想の中の、「ワン・イヤー・ルール(一年基準)」のマジックの中に埋没しているのです。これについては、稿を改めてお話いたします。

 次に、1.と2.のキャッシュ・フローをもとにして、西武グループの借入金返済能力を計算してみましょう。通常、返済可能財源と言われているものです。

 この返済可能財源は、「1.営業活動によるキャッシュ・フロー」の553億円が基礎となりますが、この全額が返済可能財源となるものではありません。

 グループ全体として営業収益をキチンと確保し、このキャッシュ・フロー550億円を維持するためには、設備の更新投資が不可欠です。この分は借入金の返済に充てることはできません。

 この553億円の内の85%を占める減価償却費の内訳を見てみますと(”事業別セグメント情報”)、運輸事業の減価償却費は275億円で、グループ全体の減価償却費474億円の58%を占めていることが分かります。

 一方、グループ全体の資本的支出(設備投資のことです)は303億円であり、運輸事業のそれは233億円で全体の設備投資額の77%を占めています。

 運輸事業の設備投資は、新たな収益を獲得するためというより、むしろ従来の収益を確保するための更新投資の色合いが相当に強いと思われます。

 この他に、レジャー・サービス事業とか不動産事業には、それぞれ24億円、43億円の資本的支出がなされています。この中にもかなりの更新投資があるものと考えられます。

 以上のデータをもとに、私は、グループ全体の減価償却費474億円の内、少なくとも2分の1の237億円は返済財源に回すことのできない更新投資に充当されるものと推計しました。

 ちなみにこの237億円は、平成16年3月期の西武グループ全体の資本的支出303億円の78%に相当するものであると同時に、西武グループの公表上の有形固定資産5,502億円(土地3,338億円を除いたもの)の4.3%に相当するものです。

 尚、減価償却費の累計額は、西武鉄道単体のものだけ5,267億円と開示されていますが、グループ全体のそれは明らかにされていません。従って、グループ全体の減価償却累計額を推計してみますと、6,338億円となります。(5,267億円(単体の減価償却累計額)×5,502億円(連結の有形固定資産の額)÷4,572億円(単体の有形固定資産の額))

 このグループ全体の減価償却累計額6,338億円を公表上の有形固定資産の額5,502億円に加えますと1兆1,840億円となります。この金額は、西武グループが現在持っている土地を除いた有形固定資産の取得原価を示すものです。

 先程、私は年間の更新投資額を237億円と推計しましたが、取得原価1兆1,840億円との対比で考えれば、2%ということになり、現実的に妥当する数字であることが判明します。

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 ここで一句。
“少しずつ小粒になっていく世襲” -いわき、吉田健康(毎日新聞:平成16年10月7日号より)



(大粒になりすぎたのか堤さん。)

 

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