11/28講演会「闇に挑む『原発とは何か?』-福島第一と島根-」-1

闇に挑む『原発とは何か?』-福島第一と島根-



-講師: 財)島根総合研究所理事長 公認会計士 山根 治

-日時: 平成23年11月28日(月) 18:30~20:45

-場所: 島根県教育会館



***1. はじめに

 私はこの松江で生まれて松江で育った者です。19才の時に松江を離れて東京で学生生活を送り、職業会計人として、名古屋、京都で修業をして、15年後、34歳の時に、松江に帰ってまいりました。松江で会計事務所の仕事を始めて、今年で35年になります。会計の仕事を生業(なりわい)としながら、松江をこよなく愛している一人です。今日のテーマは原発についてでございますが、公認会計士の私が何故、原発の話をするのかということについて一言触れておきます。



 原子力発電所というのは、実は2つの側面を持っています。一つは科学技術的な側面、もう一つは社会的な側面、この2つの側面を持っております。大規模な施設が一度人間社会に投入されますと、人が操る、社会に対する大きな影響を与えるということで、どうしても社会的な存在になっていきます。このような社会的な側面にメスを入れるのは自然科学ではない、私達が携わっている社会科学になります。実験室におけるものではない、社会的な存在であるという意味で、社会科学的な検討がどうしても必要になってくる。そういうことから、私は社会科学の中の会計学、実務家でございますから、会計工学(accounting engineering)あるいは会計法学と言っていますが、その方面から分析してみたいと思っております。

***2. 私の反省と疑問
 原発問題については、私には非常に大きな反省がございます。3月11日に福島第一原発で大事故が起こった。それまでも、松江に帰ってきて、近くに島根原発があることを知り非常に心配で、気になってしようがなかったんですが、私は自分でタブーのように思い込んで、全く発言することをしなかった。発言どころか、いったいどういうものだということすら考えてみようともしなかった。原発には得体の知れない闇がある、怖いものというか、何か恐ろしいものだと思い込んでいたのは事実です。私の中にタブーがあって、敢えて避けてきた。これが、私の反省しているところです。

 此度、トンデモない事故が起きて、ようやく私の中のタブーが解けた。近くにある島根原発を含めて、原子力発電所とはいったい何なんだと、大事故を起こしていながら東京電力の対応がいかにも悪い、横柄でまるで他人事のようだ、東京電力とはいったい何だ、どういう会社なんだという素朴な疑問が湧いてきました。このような疑問が明確な形で私の念頭に浮かんできたのは、今年の6月の終わりでした。

 6月の28日、東京電力は平成23年3月期の決算の詳しい情報を発表した。有価証券報告書です。早速、インターネットから引っぱり出して目を通した(平成22年度(第87期)東京電力有価証券報告書)。これを見て、私は非常に大きな疑問を持ちました。普通では考えられない怪しげな決算をしている、しかも、監査をしている公認会計士までが、怪しげな決算書を追認するような監査証明書を書いている。何故こんなことがされているのか、これが私の中に生じた疑問であり疑念でした。それをキッカケにしてどんどん不思議なこと、理解し難いことが出てきた。それ以来ずっと疑問を追い続けてきた、いわば謎解きをやってきた。6月末から4カ月の間、推理小説のような謎解きに没頭した結果、ようやくその謎が解けました。

 今日は、大変な事故を起こした東京電力とはどういう会社なのか、私が追ってきた謎とは具体的に何か、その解答とは何かを申し上げたい。

 16枚のレジュメをお渡ししてありますが、初めの3枚は私の講演の骨子となるものです。4枚目以降は詳しい資料です。時間が限られていますので、順番にはお話しできませんが、ポイント的にかい摘んでお話し申し上げたい。詳しくお話しすると何時間あっても足りませんので、1時間余りで、ざっくりと、いったいどんなことが今問題になっているのか、原発に関してどういう問題があるのか、問題点を絞って申し上げます。

***3. 現在、どのようなことが進行中であるか?
 まず初めに、3月11日の事故があってから8か月。この8カ月の間にどのようなことが起こったのか、現在何が進行中であるか申し上げたい。

 今進行中のものは、東京電力を救済するプランニングです。東京電力を何が何でも倒産させないで、救済するスキーム、プランが現在進行中ということです。東京電力は、あのような世界的な大事故を起こした当事者です。おびただしい放射能をばら撒いた、とんでもない害悪を社会に及ぼしたということでは、加害者です。加害者である東京電力をどんなことがあっても救う、どれだけ多くのお金をつぎ込んでも国が救っていくということが、事故直後から着々と計画されて、この8月にはそのための法律までできた。今その法律が適用されて、多額の予算が執行されようとしています。決算書からすれば東京電力はいつ倒産してもおかしくない加害企業であるにもかかわらず、その企業を救済するために国のお金が安易に投入されようとしているのです。

 たしかに、3月11日の事故が起きるまでは、東京電力は超優良企業でした。ピカピカの会社でした。ところが、事故を境にしてまるっきり変わった。いつ倒産してもおかしくない企業になった。これは、私が勝手に言っているわけではない。東京電力が自ら言っている。事故直後に決算期を迎えた平成23年3月期の有価証券報告書の中で『継続企業の前提に重大な疑義がある』と言っています。いつ潰れてもおかしくありませんと言っている。ところが、ダメになる時期をゴマかした。原発事故の損害金(賠償金)の先送りを監査法人が追認した。これは法的に言うと、皆さんよくお聞きになると思いますが、有価証券報告書の虚偽記載にあたります。それを会計士と一緒になってやった。それに加えて、会計士は公認会計士法違反、これは虚偽証明と言いますが、それを敢えてやっています。何故こんなことをしなければいけなかったのか、私には長い間疑問でした。

 原発事故が発生したのは、3月11日から5日程の間です。決算期末である3月31日までには放射性物質のほとんどは外部にバラ撒かれてしまっています。つまり、原子力損害(原子力損害の賠償に関する法律、第2条第2項、以下、原賠法と言います)の原因は、3月31日までに発生しているということです。企業会計の上からは、費用とか損害金については発生主義の立場をとっていますので、原子力損害についての損害金は、3月31日までの決算期、つまり、平成23年3月期に計上しなければならない。

 ところが、それをしなかった。後発事象(こうはつじしょう。決算期の後に起こったことがら)であるとか、偶発債務(現実に発生していない債務で、将来において事業の負担となるもの)であるとか、理由にならない理由、つまり事実に反する偽りの理由をつけて、次の決算期以降にズラした。損害金の先送りです。

 このような細工をして、平成23年3月期末は健全な財務状況であると偽った。損害金の一部は計上したものの、賠償金については一切計上することをしなかった。その結果、東京電力の平成23年3月期の決算書、とくに貸借対照表はいまだ1兆6千億円もの純資産を有するピカピカの状況にしている。

 何故こんな細工をしなければいけなかったのか、私には理解できませんでした。ところがその謎が解けてみると、何のことはない、公表された決算書がピカピカ(債務超過ではない!)の状態でなければ、東京電力救済スキームそのものが成り立たないのです。

 何故か。詳しくは後ほど申し上げますが、要は債務超過についての全く異なる2つの概念を巧みに使い分けているのです。つまり、会計上の債務超過と法律上の債務超過とは似て非なるものですが、この2つをゴチャまぜにしてゴマカシているのです。手品のようなスリカエと言ってもいいでしょう。

 今実際に、第2次補正予算が6月頃に成立して、東京電力救済のための第一段階の予算措置がされました。1週間前の11月21日には第3次補正予算が成立して、今すぐに潰れてもおかしくない東京電力を救うための予算措置がされた。今日ネットから引き出して見たところ、12兆円余りの補正予算です(平成23年度補正予算(第3号))。その中には原発関連はごくわずかの除染費用、何百億円位しか入っていません。欄外に注としてさりげなく出ているのが曲者でして、5兆円の枠で、今年の8月3日に成立した原子力損害賠償支援機構法(以下、支援機構法と言いいます)という法律のために5兆円の枠、国債発行の枠ですが、これが決定されました。今年度は1兆円から2兆円の間で、支援機構をトンネルにして、東京電力に国家予算、国民の金がつぎ込まれる。まだ現時点では、実際に予算の執行はされてはいませんが、まもなく今年度内に2兆円位の規模で執行されようとしています。これは今年度だけで終わるのではない。最低でも30年、おそらく私は50年位続くと思うのですが、東京電力に延々とこれを続けて、合計では少なくとも50兆円。私は50兆円ではきかないと思っていますが、おそらくは100兆円前後のもの、今の日本の国家予算よりも大きいお金が垂れ流しのような形で、加害企業である東京電力につぎ込まれようとしています。

 これを損害賠償責任という面から見ると、東京電力には全く責任がない、全部国が後始末をするということになります。もし、これを先例として許すならば、東京電力だけでなくて、その他の関西電力、島根原発をかかえている中国電力も同じことです。原発をかかえた電力会社がどんな事故を起こそうとも、電力会社には全然責任がない。全部国が面倒を見てくれることになってしまう。責任を野放しにするようなことが現在進行中だということです。

 先ほど申し上げた原賠法、これは今から50年前に成立した法律です。その法律に基づいて今年の夏に支援機構法ができたわけですけれども、この原賠法がおかしな形で適用されようとしているのです。今日は弁護士の方、大学の法律の教授の方がおみえのようですので、詳しいことは後に、法律的にどういうことが問題なのか申し上げます。取り敢えず、ざっくりとした話を進めていきます。

 原発でお金にかかわることについては、あと二つの法律が絡んでいます。二つとも田中角栄が作った。まさにこの人物が、自分の金儲けのために作った法律です。一つは、電源三法。この地元で言いますと、松江市、かつての鹿島町、島根町それに島根県ですね。原発の立地地域に麻薬のようなお金をばら撒く、そういう仕組みの法律です。もう一つは、同じ頃、田中角栄が作った電気事業法。これは一言で言ったら、いわば打ち出の小槌のような法律です。しかも奇妙なことに電力会社がお金をいくらでも使うことができる、お金を使えば使うほど電力会社の利益が増える、中でも裏金をいくらでも使うことができる、電力会社が裏金をいくらでも使うことができる、といった信じられないような法律です。私はこの度初めて電気事業法を調べてみたら、そういう仕組みになっていた。東電の西沢俊夫社長が電力料金の値上げについて「電力料金の値上げは電力会社の義務であり権利である」と、国民感情を逆ナデするようなことを平然と言い放った背景には、電気事業法による電力料金のデタラメな算定方式があったのです。

 中曽根康弘が若い時、科学技術庁長官の時に作った原賠法と田中角栄が作った電源三法と、電気事業法。この3つの法律が全くそのまま変更されないでコトが進んでいる。しかも、損害賠償に関しては、50年前にできた法律(原賠法)には、ある一定の歯止めがあった。無制限に損害賠償を国が負うことはないという一定の歯止めがありました。ところが、今進行しているのは青天井で歯止めがない。いくらでも金を出して電力会社を救済することになっている。非常に恐ろしいようなことが今進行しつつあります。どういうことになるかと言うと、たとえどんな原発事故が起こっても、全て国が尻拭いをしてくれる。電力会社には全く責任がないことになってしまう。電力会社の経営者に事故責任がないということになれば、完全な無責任体制ということになる。今までは一定の歯止めがあったが、その歯止めがなくなってしまう。完全に無責任の状態に置かれる。このような東京電力救済の仕組みが前例になると、たとえば中国電力が島根原発でとんでもない事故を起こしたとしても、誰も責任を取らない。事故の当事者である中国電力は責任を取らなくてよい。もちろん役人も責任を取りません。誰も責任を取らなくてもいい無責任状態に置かれるということなんです。このようなことが現在進行中だということです。

 これは、加害者である東京電力の救済のために、50年前に出来た原賠法(原賠法第16条)の趣旨を捻じ曲げて適用しようとしていることであって、私は間違っていると思います。日本航空に適用されたように、直ちに会社更生法を適用して、一旦法的な整理をする。それから後は、当然国が入らなければダメです。国が入って被害を受けた国民に対して損害賠償をきちんとするという仕組みにしないといけない。加害企業としての責任をウヤムヤのままにして、このままの形で東京電力を存続させることは誤りであるということです。このことについては、後ほど「東京電力の上場に異議あり」のところで補足いたします。

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