2014年

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「福沢諭吉の正体」-補足5-“ええじゃないか踊り”の背景(1)

 明治維新が断行された慶応3年(1867)、全国的に「お陰(おかげ)参り」が大流行した。  この全国的な規模で展開された「お陰参り」は、“ええじゃないか踊り”として必ず日本史の教科書に取り上げられる項目である。  しかし、「ええじゃないか、ええじゃないか」と囃(はや)し立て踊りながら、600万人もの人々が伊勢神宮をめざして乱痴気騒ぎを起したことまでは事実として語られることはあっても、何故そのような […]

「福沢諭吉の正体」-補足4-徴兵告諭

 明治5年(1872)、明治維新政府は徴兵令詔書(「福沢諭吉の正体」-補足3参照)と同時に、次のような徴兵告諭を発して国民皆兵の兵制(徴兵制度)の方針を打ち出した。 「我ガ朝上古ノ制、海内(かいだい)挙(あげ)テ兵ナラサルハナシ。有事ノ日、天子之(こ)レガ元帥トナリ、丁壮(ていそう)兵役ニ堪(た)ユル者ヲ募(つの)リ、以(もっ)テ不服(ふくさざる)ヲ征ス。 役(えき)ヲ解キ家ニ帰レハ、農タリ工(こ […]

「福沢諭吉の正体」-補足3-徴兵令詔書

 明治新政府は、明治5年(1872)11月28日、次のような太政官布告(太政官布告第379号)を発し、徴兵令を定めることになった旨の布告を行った。徴兵令詔書である。「今般、全国募兵の儀、別紙詔書の通り被仰出(おおせいだ)され、相定候條(あいさだめそうろうじょう)、各(おのおの)御趣意を奉戴(ほうたい)し、末々(すえずえ)に至る迄(まで)、不洩様(もらさざるよう)布達可致(ふたついたすべし)。細大の […]

山根治ブログの予言

本日平成26年12月10日は、特定秘密保護法の施行日。 この忌わしい日にあたって次のことを予言する。 +このたびの総選挙は大方の予測通り自公勢力が圧勝する。 +総選挙後、自公政権と官僚制に致命的となる情報の“時限バクダン”が松江と東京で炸裂する。 +次の自公内閣は、自公政権最後の線香発火となる。 +地方と日本の“ドブ掃除”が始まり、明治以来続いてきた官僚制が崩壊する。          平成26年 […]

「福沢諭吉の正体」-補足2-軍国主義の亡霊

 安冨歩著『原発危機と東大話法』の中に、日本が太平洋戦争に突入する端緒(たんしょ)となった閣議決定が紹介されている。昭和11年8月11日に広田弘毅内閣で閣議決定された「国策ノ基準」がそれだ。  その冒頭に次のような件(くだり)があるという。一、  国家経倫(けいりん)ノ基本ハ大義名分ニ即シテ、内、国礎(こくそ)ヲ強固ニシ、外、国運ノ発展ヲ遂ゲ、帝国ガ名実共ニ、東亜ノ安定勢力トナリテ、東洋ノ平和ヲ確 […]

「福沢諭吉の正体」-補足1-東大話法の元祖

 16回にわたって連載した本編は、内容が福沢諭吉と慶應義塾大学を全面的に否定しかねないものであるだけに、慎重の上にも慎重に書き進めてきた。事実関係を何回も確認した上で、一字一句おろそかにすることなく、推敲に推敲を重ねて、私の考えをまとめたものだ。  本稿を書き終えてから久しぶりに安冨歩著『原発危機と東大話法』を読み直してみた。  この著書の標題に用いられている「東大話法」は、安冨氏による造語であり […]

「福沢諭吉の正体」-⑯

 日本人の90%以上を占める一般庶民、つまり百姓(ひゃくせい)が、何故それぞれの分野で優れた知恵を備え、独創性に富んでいたのか。  樋口清之の答えはこうだ。日本という狭い島国で生き抜いていくために必要だったから、というものだ。  更に樋口は日本人に知恵と独創性が備わっていた理由の一つとして、日本人の立体幾何学のセンス、つまり、数学的思考能力を挙げている。  以下、樋口の考えを忖度(そんたく。「他人 […]

「福沢諭吉の正体」-⑮

 私が慶應義塾とその創設者である福沢諭吉に対して疑念を持つに至ったのは最近のことである。それまでは、ほとんどの人がそうであるように、慶應義塾は裕福な家庭の子弟が学ぶ立派な大学であり、その創立者・福沢諭吉は近代日本文化の礎(いしずえ)を築いた立派な人物であると信じて疑わなかった。  福沢諭吉に対して疑念が生じたのは、彼が生煮えの簿記(Book-keeping)を日本に初めて紹介し、それまで日本に根付 […]

「福沢諭吉の正体」-⑭

 福沢諭吉は、昭和天皇による人間宣言と共に葬り去られるべき人物であった。  しかし現実にはそうはならなかった。日本の代表的な紙幣である一万円札の肖像画にも用いられるほど日本人を代表する立派な人物とされ、現在に至っている。  教育者の風上(かざかみ)にも置けない、福沢のようなデマゴークが何故、国民的英雄であるかのように扱われ、日本の顔ともいうべき紙幣を飾っているのか。何故、日本を代表する国語辞典の一 […]

「福沢諭吉の正体」-⑬

 明治維新は、西欧の先進文明国に追いつくためになされた改革であるというのが定説である。  その前提としては明治以前の日本の文明は否定されるべきマイナスのものでなければならなかった。暗黒の封建社会から輝かしい近代文明社会を目指した改革であったという訳である。これが明治期の近代化と言われているものの実態だ。  明治維新イコール日本の近代化の第一歩という、上述のような定説的理解は果して正しいものなのか。 […]

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