「福沢諭吉の正体」-補足2-軍国主義の亡霊

 安冨歩著『原発危機と東大話法』の中に、日本が太平洋戦争に突入する端緒(たんしょ)となった閣議決定が紹介されている。昭和11年8月11日に広田弘毅内閣で閣議決定された「国策ノ基準」がそれだ。

 その冒頭に次のような件(くだり)があるという。一、  国家経倫(けいりん)ノ基本ハ大義名分ニ即シテ、内、国礎(こくそ)ヲ強固ニシ、外、国運ノ発展ヲ遂ゲ、帝国ガ名実共ニ、東亜ノ安定勢力トナリテ、東洋ノ平和ヲ確保シ、世界人類、安寧福祉ニ貢献シテ、茲(ここ)ニ肇国(ちょうこく)ノ理想ヲ顕現(けんげん)スルニアリ。
 帝国内外ノ情勢ニ鑑(かんが)ミ、当(まさ)ニ帝国トシテ確立スベキ根本国策ハ、外交国防相俟(あいま)ッテ、東亜大陸ニ於ケル帝国ノ地歩ヲ確保スルト共ニ、南方海洋ニ進出発展スルニ在(あ)リテ、其ノ基準大綱ハ左記ニ拠(よ)ル。
(前掲書.P.118。句読点と読みは筆者)

安冨氏は、この「国策ノ基準」の冒頭部分について、次のような分かり易い説明を加えている。

「この「国策ノ基準」はソ連に対抗して大陸進出するという陸軍の方針を認めつつ、同時に海軍の顔を立てて「南進」も開始することを定めたものです。そのため、全面的な軍拡が国策として確立し、いわゆる「高度国防国家」の構築に日本が着手することになった、重要な閣議決定です。後に、東京裁判では、戦争に消極的であった広田弘毅が、文官として唯一死刑宣告を受けた際の重要な根拠とされました。
 最初の一文は何やら「平和」とか「安寧福祉」とか言っていますが、これは煙幕に過ぎません。二文目にあるように、「根本国策」は、(1)「東亜大陸」における「帝国ノ地歩」の確保と、(2)「南方海洋ニ進出発展」とにある、というのが眼目です。ですから、最初の文の「内、国礎ヲ強固ニシ、国軍ノ発展ヲ遂ゲ」というのは、軍事力を拡大し、その威力によって周辺国を脅して対外的な勢力圏を拡大する、という意味なのです。
 つまり「国礎」は、軍事力のことであり、軍部が自らの立場を強化して予算を獲得するために、自分のことを「国礎」だと言っていたのです。」(前掲書.P.118~P.119)

 デマゴーグ・福沢諭吉が声高に叫んだ「強兵富国」と「脱亜入欧」(「福沢諭吉の正体」-⑦参照のこと)のスローガンが、昭和11年、福沢の死後35年にして亡霊のように国策として蘇(よみがえ)ったのである。軍国主義の亡霊である。

 昭和11年といえば、2月26日に、皇道派青年将校が部下約1400名を率いて「昭和維新」をかかげてクーデターを決行(「2.26事件」)したり、8月には、ヒトラー率いるナチスドイツが国威高揚のためにベルリンでオリンピックを開催(「ベルリン・オリンピック」)して気勢を挙げ、世界的な規模でまさに戦争に突入しようとしていた年であった。

 翻(ひるがえ)って現在の日本の状況を考えてみるに、この太平洋戦争突入の直前の時期とあまりにもよく似ている。そっくりと言っていい。
 思いつくままに、アト・ランダムに現在の状況を拾ってみると、-
+現在の政治状況は、事実上、自民党の一党独裁であること。公明党はもちろん、維新の党、新世代の党、みんなの党(11月28日.解党)は隠れ自民党であるし、民主党にしても野田佳彦が党首になってから後は、自民党の一派閥でしかない。共産党、社民党だけは自民党と一線を画しているようではあるが、共に党利党略に明け暮れているだけで、一党独裁のガス抜きの役割を果たしているにすぎない。
戦前の「大政翼賛会」がいつできてもおかしくない状況である。
+東京オリンピックの開催が決定したこと。オリンピックはスポーツの祭典を装った政治・経済的イベントにすぎないことに留意。大国の利権が渦巻く巣窟である。
+日本の経済・財政の見通しが明るくないこと。偽りのアベノミクス。
+機密保護法が制定され、言論統制に向っていること。
+京都大学構内に公安・機動隊が突入し、公然と大学の自治を侵していること。
+原子力基本法の改正によって安全保障目的が追加され、原発の核兵器としての位置付けがなされたこと。
+閣議決定によって集団的自衛権の行使が容認され、自衛隊が軍隊として承認され、日陰の存在ではなくなったこと。
+ヘイト・スピーチ、ネット右翼、ネオ・ナチ、軍事オタク。
+尖閣諸島の国有化と竹島問題。共に占領軍の中核にいたアメリカが戦略的に介入しており、いまだ明らかにされていない中国、韓国との“密約”があるとされている。極右思想の持主である石原慎太郎が、敢えて国有化のキッカケをつくったのは、意図的に中国を刺激し、トラブル(戦争)へと誘引しようとしたものではないか。彼我の歴史認識を意図的に混乱させる売国行為ではないか。
+創られる世論とマスコミの操縦。記者クラブ制度と、世論調査費、接待費、広告費の出捐による利益誘導。
+見識(知識と知恵)に欠ける暗愚な政治リーダーによる内閣。
+暗愚な政治リーダーを支える利権政治家と経済ブローカー・ハゲタカの存在。
+腐敗政治家と腐敗官僚の跋扈(ばっこ)。
+道徳教育の義務教育への組み入れと国歌「君が代」の強制。この背後には、福沢諭吉と共に、「万世一系の現人神(あらひとがみ)としての天皇」を基本理念としたモラロジー(道徳科学。モラロジ-(モラル・サイエンス)は、慶応義塾の分塾(豊前・中津)で学んだ広池千九郎による造語。道徳科学研究所、現、麗沢大学が提唱。)の存在がある。かつての「教育勅語」の復活である。原田実著、『江戸しぐさの正体』-教育をむしばむ偽りの伝統、参照のこと。
+総理大臣をはじめ、与野党入り乱れた国会議員による靖国神社公的参拝。靖国神社は単なる神社ではなく、日本が侵略戦争をするに際して重要な役割を演じた軍事施設であることを忘れてはいけない。鳥居をくぐってすぐの正面に大村益次郎(帝国陸軍の創設者)の銅像があることと戦争記念館ともいうべき「就遊館」の存在。
 加えて、グロ-バルな視点では、太平洋戦争を境にして、「パクス・ブリタニカ」の時代が終わり、「パクス・アメリカーナ」の時代に移行したように、現在はアメリカがショボクレていることをチャンスとばかりに、隣国の中国とロシアが世界の覇権をねらって虎視眈々としている。中近東、東欧、アフリカ、アジア各地では、アメリカ、中国、ロシア、EU、日本などが利権をめぐって一触即発のツバ競り合いを演じている。利権と領土をめぐる小競り合いから、いつ何時世界的な戦争に移行してもおかしくない状況である。 

 このように縷々(るる)書き連ねていると、78年前の昭和11年にタイムスリップし、今にも軍靴の足音が聞こえてくる錯覚に陥るほどである。

 ―― ―― ―― ―― ――

 ここで一句。

”誤爆だとあっさり語る報道官” -大分、春野小川

 

(毎日新聞、平成26年11月15日付、仲畑流万能川柳より)

(物体としての人間、ゲームとしての戦争。)

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