認知会計からのつぶやき7-政治・経済・歴史を認知会計の視座から見つめ直す-

***「かごめかごめ」の童謡

 「かごめかごめ」は、出雲大社を揶揄した童謡(わざうた、はやりうた)。明治時代以降、出雲大社に反感を持つ地元の神官が、江戸時代に流行(はや)った童謡に細工を施して子供に唱わせた遊歌(あそびうた)。斉明紀、天智紀に伝承されている童謡(わざうた)と同様のもの。

 新たに施された細工は、「鶴と亀」、「すべった」、「うしろの正面」の三つ。

“籠目籠目 籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀がすべった
うしろの正面だあれ“

-「籠目」:出雲大社の神紋は、二重亀甲有文字紋。出雲国造家の神紋は、二重亀甲剣花菱紋。共に籠目。
-「籠の中の鳥」:本殿に西向きにさせられて幽閉されている大国主命。加護の中の鳥居をかける。
-「いついつ出やる」:祭神である大国主命が、年に一度しか本殿から出ることを許されず幽閉されていることを憐れんだもの。出雲大社の年に一度の「身逃げ神事」。
-「夜明け」:明治維新のこと。島崎藤村:「夜明け前」
-「晩に」:伊勢神宮との間で国家神道の祭神をめぐって熾烈な泥仕合を演じたことを闇試合(晩に)と揶揄。
-「鶴と亀」:鶴=千家、亀=北島のこと。千家の拠点は鶴山会館、その背後の山が鶴山。北島の拠点は亀山会館、その背後の山が亀山。神魂(かもす)神社で行われる神事相撲の力士は、神魂神社の氏子から選ばれ、その名を鶴山、亀山と呼ぶ。
-「すべった」:千家・北島は元兄弟、中世以来出雲大社の経営権をめぐって仁義なき身内の争いを繰り返してきた間柄。内輪もめをよそに、伊勢神宮との祭神論争に揃って敗れたことを揶揄。
-「うしろの正面だあれ」:本殿からは閉め出され、本殿のうしろの森の中に小さな社を与えられている出雲大神スサノオの命、この神だけが正面(南面)を向いていること。主祭神・大国主命は西向き、他の祭神は南あるいは東向き。本殿のうしろにあり正面を向いているのが素鵞社(祭神スサノオの命)。出雲大神(おおかみ)はスサノオの命、270年ほど前にオオクニヌシの命にスリ替えが。現在の本殿が造られた延享元年(1744年)のことか。
 もともと、出雲大社(杵築大社、きづきのおほやしろ)は、怨霊の神である出雲大神(熊野大神と所造天下大神大穴持命、後にスサノオの命と習合)を鎮めるための神社。菅原道真の怨霊を鎮めるために創られた北野天満宮と同様。
 主祭神がスサノオの命からオオクニヌシの命へ変えられたことから、出雲大社の性格(御利益、ごりやく)が大きく変貌。
 大国主命が、字面が似ていることから仏教の守護神・大国天(ダイコクテン。摩訶迦羅)と習合(神仏習合)して、七福神の一つにヘンシン。
 怨霊鎮めの神社が、気がついてみたら、頭巾をかぶり、左肩に大きな袋を担ぎ、右手に打ち出の小槌を持ち、米俵を踏まえる、福々しい顔の大国(ダイコク)さまの社へと大転換。
 ごりやく(御利益)は、「怨霊鎮め」から「商売繁盛」、「縁結び」へと劇的に変化。出雲大社の経営基盤の変化につれて、祭神とご利益がクルクルと。

***【追記】(2013-06-11)
 「かごめの歌-補足」を公開しました。

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