11/28講演会「闇に挑む『原発とは何か?』-福島第一と島根-」-14

****8)「歴史法廷の被告」-中曽根康弘
「政治家は達成した現実だけが著作であり」、「政治家の人生は、そのなし得た結果を歴史という法廷において裁かれることでのみ、評価される」

 中曽根康弘が『自省録』の中で語っている言葉です。彼はまた、この著作に敢えて“歴史法廷の被告として”という副題を付けています。

 この人物はこれまで述べてきたように、原発を日本に導入して定着させたキー・パーソンのひとりです。彼が政治家として達成した現実の一つが原発の導入でありその定着でした。原発という巨大な利権構造を日本に持ち込んだ張本人がこの人でした。エネルギー政策に名を借りて、利権の塊(かたまり)である核兵器工場そのものを日本に導入したのです。世界有数の地震国である日本の海岸に、54基もの原発を林立させ、国土と国民とを危険にさらした政治家の一人、これこそ原発の歴史的経緯から明らかになった冷厳な現実です。

 このような視点からこの人物を見ると、首相在任中の「日本列島は不沈空母である」という発言や、強硬な改憲論者として、「戦争放棄を宣言している憲法9条を改正すべし」と声高に唱えていることが、なるほどと頷けるのです。

 私は、会計工学の立場から原発をめぐるこの政治家の所業にスポットライトを当て、いくつかの客観的な事実を明らかにしました。その結果、はからずも政治家・中曽根康弘を歴史法廷の場に、原発にかかる被告として出廷してもらう結果となりました。私の役割はここまでです。これから先は歴史法廷に委ねられます。つまり、歴史法廷の裁判官は現在の日本国民であり、将来の日本国民です。この人達が歴史法廷の被告としての中曽根康弘を裁くことになるのです。

 E.H.カーは「歴史とは何か」(“What is history”)の中で、

“歴史とは過去と現在との対話である”
(History is a dialogue between past and present.)

と述べています。歴史的真実、あるいは歴史的評価は一定不変のものではなく、時代に応じて変化していくことを端的に示したものです。

 第二次世界大戦後の日本の現代史をどのように捉えていくのか、焼け野原から立ち上がった私達は、この60年の間一体何をしてきたのか、何を得て何を失ったのか、一貫して経済的に豊かになることを追い続けてきたことが果して正しい選択であったのか、55年体制は表向きは自民党単独政権とされてきたが、内実は野党としっかりと手を結んでいたデキ・レースについてどのように評価するのか、現在、民主党に政権が移っても自民党時代と基本的には何も変っていない現実をどのように考えるのか、私たちの世代の人達に課せられている重要な課題です。私達の過去と現在とをしっかりと見つめ直し、それをベースとして未来の展望を構築していくことが日本国民に求められています。

 3.11の福島第一原発の悲惨な事故は、福島の人達だけでなく日本国民すべてにとって不幸な出来事でした。しかし、せめてもの救いはこのような課題を真剣に考えるキッカケを与えてくれたことです。

 原発はまさにパンドラの箱でした。その箱がぶちまけられ、中味が露わになったことによって、これまで頑なに隠されていた偽りの事実が次から次へと白日のもとに晒されるに至りました。私達は好むと好まざるとに拘らず、厳しい選択を迫られている現実に直面しており、避けて通ることはできません。私達に続く後世の人達のためにも、曇ることのない眼(まなこ)でしっかりと見つめ、一時的な利害とか感情に左右されることのない判断を下したいものです。

(終り)

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