税務署なんか恐くない!-2

***2.恐さの正体-トリック

 一般の人が社会生活をする上で警察に怯えたり恐がったりすることはない。現実に罪を犯さない限りビクつくことはないからだ。

 ところが税務署だけは違っている。罪など犯した意識が毛頭ないにも拘らず、脱税という犯罪に直結する(あるいは、税務当局がそのように思い込ませている、もしくは、納税者が思い込んでいる)税務調査によって、多額の税金を追徴された挙句、脱税犯の汚名さえ着せられかねないからである。

 何をされるか分らない。考えも及ばない屁理屈をつけてお金を強奪するばかりか、脱税犯という犯罪人にされかねない。これでは組織暴力団と何ら変るところがない。変らないどころではない。暴力団より悪質だ。強大な国家権力が付与されており、理不尽な裁量によって、国民の財産を剥奪したり、脱税の摘発をするからだ。いわば暴力団に国家権力を与えたようなものだ。

 このような状況下にあって、納税者が税務署に対して不信感を抱き、憎悪の念にかられるのはごく自然の成行きだ。言い知れぬ不安と恐さを持ち続けざるをえない、残念ながらこれが日本の現実だ。



 不安とか恐さの原因は何か。恐さの正体は何であるか。

 ズバリ、税務署が行なうインチキだ。トリックと言ってもいいかもしれない。ゴマかすのである。マジシャンのようにトリックを仕掛けて、ドサクサに紛れて国民から税金を騙し取り、脱税犯の烙印を押すのである。

 税理士をはじめ、ほとんどの納税者は税務調査の段階でこのようなトリックに気がつかない。あるいは、税理士は気がついていたとしても知らないフリをしている。裁判に移行して初めて納税者が気がついたとしても、手遅れである。検事はもちろんのこと、ほとんどの弁護士、裁判官が税金の実務と理論に無知であり、納税者として打つ手がほとんどないからだ。ことに、数字のオンパレードである事実認定に至っては、まともに数字を読める法曹人がほとんどいない。弁護士も検事も裁判官も、数字を読むことができないのである。このような無知蒙昧の人達によって、暗闇の裁判が進行していくというわけだ。
 従って国税当局のインチキがそのままエスカレータ式にまかり通ることになる。「脱税は社会の敵」と題するパンフレットを国税庁は用意しているが、その中で脱税事件の有罪率は100%と豪語してはばからない。もっともこの100%というのは明らかな誤りである。私の査察事件(「冤罪を創る人々」参照)をはじめ、私の知っているだけでもいくつもの無罪のケースが存在するからである。私の場合は、裁判官はなんとか有罪にしたかったようであるが、余りにもオソマツな立件内容であったために、有罪にしようにもできなかったといったところが真相だ。しかも、裁判の論点が架空売買であるか真実の売買であるかの一点だけであったので、税務とか計算に疎(うと)い裁判官でも理解できたのであろう。

 巧妙なトリックに気がつかないで、アレヨアレヨという間に事が運び、気がついたときには多額の税金を負担することになったり、場合によれば脱税犯として刑事法廷に引っ張り出されることにもなる。
 このような訳の分らない一連のことがらが、いつ何時自分にふりかかってくるかも分らないとすれば不安にもなり、恐くもなろうというものだ。

(この項つづく)

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 ここで一句。

“うちのヤツならば夫は外のヤツ” -佐倉、繁本千秋

(毎日新聞、平成22年10月21日付、仲畑流万能川柳より)

(外のヤツ 他人(ひと)にペコペコ 内弁慶)

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