裏口上場 3

 完璧な絵図(えず。犯罪シナリオのことです)をつくり、大手証券マンの立場をフルに利用して30億円の大金を荒稼ぎした上に、ほとぼりが冷めるまで(つまり、犯罪の公訴時効が完成するまで)、じっと身を潜めていたA氏。

 鮮やかなまでの犯罪手口とその名前は、私の脳裡にしっかりと刻み込まれており、決して忘れることはありませんでした。私と同世代のA氏は東京大学、私は一橋大学と、大学こそ違ってはいましたが、青春の一時期、同じような憧れをいだき、懸命な思いをして進学したに違いないと思うとき、犯罪者であるA氏が心情的に極めて身近なものとなっていたのです。

 私は、A氏がどこで何をしているのか常に気になっていました。生きていれば必ずや、したたかな生き方をしているに違いない、直接の面識はなかったものの、私の関心は高まっていました。

 それが、はからずもA氏の消息の一端を知ることになりました。三年半ほど前から始めた、この“山根治ブログ”の読者の知り合いだったのです。

 “ホリエモンの錬金術”を読んだ方から一通の手紙が届きました。理学博士の肩書を持っている、私とほぼ同年輩のこの方(仮にB氏とします)は、社会・経済にわたる幅広い評論活動をしている旨、手紙に記されていましたので、ネットで検索し、B氏の著書を9冊取り寄せ、目を通しました。B氏の論述は、ユニークな視点から社会・経済が分析されており、それなりの読み物ではありましたが、自然科学を学んだ人にしては論理が飛躍しており、憶測レベルの記述が多いものでした。その後B氏の、新刊が出ましたので、早速購入して目を通してみたところ、これまでの著作以上に、独断と揣摩憶測(しまおくそく。当て推量のことです)が目立ち、検証に耐えない記述のオンパレードでした。中でも私が驚いたのは、私のブログ記事である“ホリエモンの錬金術”の分析結果の一部がピント外れに使われていることでした。私の記事は公表しているものですから、どなたが利用なさろうともいいのですが、勝手に内容を歪めて欲しくありません。ましてや、評論家を名乗っている方であれば、なおさらのことです。

 そのB氏の9冊の著書の中に、なんと、件(くだん)のA氏との共著があったのです。本の中で紹介されている著者の経歴は私の記憶とピッタリ一致するもので、A氏に間違いありませんでした。
 A氏は、事件のホトボリが冷めてからいつの頃からか分かりませんが、出身地である関西方面に居を構え、経済評論とか美術評論をやっていました。地域の文化人といったところでしょう。生存が確認でき、何をやっているのかわかりましたので、その後気をつけて見ていると、折にふれて総合雑誌に評論文を寄稿していることを知りました。

 私は犯罪者としてのA氏の過去を暴いて糾弾するつもりは全くありません。名前を敢えて仮名にし、出身大学以外は全てボカして記述したのはそのためです。およそメシのタネにはなりそうもない、評論活動ができるのも、一生食うに困らないだけの資産があるからでしょうか。文化活動に精を出す、かつての裏社会の住人といったところです。
 今後とも直接出会うことはないと思われるA氏、これから先どのように生き、どのように生を全うするのか、じっくりと見守っていくつもりです。

(この項おわり)

 ―― ―― ―― ―― ――

 ここで一句。

“弁護士は 正義の味方と 思うかい?” -逗子、かたこり。

 

(毎日新聞、平成19年11月9日号より)

(まさか。“三百(代言)が ウソ八百を まきちらし”、“三百が オレ八百と 胸を張り”。)

Loading