裏口上場

※この文章は、弊社主任コンサルタントの山根治が山陰経済ウィークリーという雑誌に以前執筆したものを再掲したものです。



 東証二部の会社(東京証券取引所第二部市場に株式を公開している会社のこと)であるW社を分析しているとき、奇妙なことに気がついた。裏口入学ならぬ“裏口上場”が現在進行中ではないかということだ。

 裏口上場(うらぐちじょうじょう)とは何か。また、何故私が裏口上場進行中と推測するに至ったか、いくつかの事実をもとに記すこととする。

 一般に会社の格付けをする場合、上場会社(株式市場に株式を公開している会社のこと)であるかどうかということは、極めて大きな判断基準となっている。上場しているということだけで社会的に絶大な信用が与えられるのだ。それは何故であるか。第一に一定水準以上の会社でなければ上場することができず、また、一たん上場しても一定水準以下になれば上場廃止の措置がとられるため現に上場している会社は相当レベルの高い会社であるとみなされるからである。上場基準及び上場廃止基準は近年とくに厳しくなっており、あやしげな会社の入り込む余地は極めて少なくなっているといってよい。第二に、一たび上場されると公認会計士による厳格な監査が実施され、かつかなり詳しい決算書の公表(これをディスクロージャー=開示という)が義務づけられるため、公表される決算書の信頼度が著しく高まるためである。日本の公認会計士はアメリカやイギリスと異なり自然発生的なものでなく、当初から制度として創り出されたいきさつがあるとはいえ、すでに三十年の年月を閲(けみ)している。昨今では、監査技術に関して世界のトップをいくと自負している公認会計士も数多く存在するに至っている。当然のことながら監査の質もレベルアップしており、公表される決算書の信頼度を高める大きな要因となっている。
 このように会社を上場させるということは企業家にとって一つの夢であり、一流経営者と認められるための一つの関門なのである。ところが、それだけに上場への道は想像以上にけわしいものがあり、現在では事前監査が義務づけられていることもあって、どんなに優秀な会社であっても上場を決意してから三年以上の準備期間が必要なのだ。なかでも、東京証券取引所の上場基準は他に比して厳しく、東証上場は並み大抵のことではない。このような経営者としての名誉に加えて、上場によるメリットは、測り知れないものがある。たとえば、上場利得の一つともいえる株式の評価増は、場合によっては一夜にして数百億円に達することだって現実にはあるのだ。上場というのは、企業にとって実にドラステックなドラマであるといってよい。

 さて、ここに意欲に燃えた経営者がおり、かつ、その経営する企業も立派な実績をあげているものとしよう。ところが、上場しようとするにはいくつかの条件が欠けており、当分の間、事実上不可能であるとする。それでもなお上場したいと考えた場合にどうするか。窮すれば通ず、一つだけ方法がある。巷間ささやかれる“裏口上場”というのがそれだ。具体的に言えば、まだ上場廃止には至っていないが、ポンコツ状態の上場会社をなんらかの方法で掌中に収め、しばらくしてから業務内容をはじめ会社名まで変えてしまうことをいう。勿論、大蔵省は行政指導の名のもとに厳しい監視の眼を光らせてはいる。しかし、この裏口上場を明確に“違法”であると決めつけることは難しく、綿密な計画のもとに実行に移された場合には、大蔵省といえども手をつけることはできないであろう。
 私がW社について裏口上場と推測するに至った事実を列挙すると、次のようだ。
+かつて三百人以上いた従業員が一時二十人を切るまでに減少し、現在では八十人前後であること。
+事業内容の大転換がこの三年のうちに二度もなされていること。
+たて続けに第三者割当増資が断行され、株主構成が激変していること。
+第一次石油ショック後、三期続けて大幅な経常欠損を出しており、最悪期には借入金利がふくらみ、純金利負担率が実に一五・二%という驚異的な値になっていること。
+業績立て直しのために第三者が介入しているが、その後の利益状況は不自然であり、押し込み販売等による利益操作の疑いもあること。
+社長として公認会計士が乗り込んできていること。
+株価の動きが極端であり、この三年程の間に高値は千二百円を超えるかと思えば安値は三百円を切っていること。
+昨年、社名変更がなされていること。
 私の推測は当たらずとも遠からず、今後、W社を興味を持ってみつめていくこととなろう。

(山陰経済ウイークリー 昭和55年3月16日号「明窓閑話(11)」)

裏口上場 1

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