疑惑のフジテレビ -号外3

またまた田原総一朗さんが、怪しげな人達を集めてテレビ井戸端会議をしていました。

メンバーは、

  1. 諸井虔(太平洋セメント相談役)
  2. 松田憲幸(ソースネクスト社長)
  3. 吉崎達彦(双日総研副社長)
  4. 佐々木俊尚(フリージャーナリスト)

の4氏で、松田憲幸氏だけは、田原さんがいくらピント外れの問いかけをしても、決してブレることのない、経営者らしい意見を述べていましたが、他の3人の話はなんとも論評のしようがないものでした。(3月12日(日)のテレビ朝日、“サンデープロジェクト”)

司会の田原さんは、ライブドアと堀江貴文氏に対する、他のマスコミのバッシングの嵐に敢えて異を唱え、世紀の極悪人扱いするのはおかしいのではないか、と問題提起し、それぞれから意見を聴いていました。
今の時期に、ライブドア擁護とも受け取られかねないことを切り出すのは、確かに勇気のいることでしょうし、大勢に逆らって自ら信ずるところを明確に打ち出すのはジャーナリストとして立派なことです。
しかし、皆と違ったことを喋ればいいわけではありません。異を唱えるならばそれなりの根拠が必要です。その根拠があやふやなものであったり、間違ったものであるならば、シャレにもなりません。それでは、いくらもっともらしいことを言っても、まともなジャーナリストとはいえず、単なる目立ちたがり屋、お騒がせマンにすぎないものです。テレビという公共の電波を使って、誤ったメッセージを国民に伝えることは、害悪をタレ流す行為であることを自覚すべきでしょう。

ライブドアが虚業であったのか、実業であったのか盛んに議論していましたが、そのようなことは、定義しだいではどのようにでも言えることですので、議論自体意味を持つものではありません。
私の見たところ、4人の出席者のうち、唯一の“実業家”と言える松田憲幸さんは、さすがにこのような子供騙しの問いかけをされて困ったような顔をしていました。田原さんをはじめ、残りの3人は気楽なものですね。

虚業か実業かといった、どうとでも言えるテーマで口角泡を飛ばすのは、井戸端会議のご愛嬌といったところで、必ずしも害悪を流すものではありませんので、結構でしょう。
同じ井戸端会議でも「ビートたけしのTVタックル」のように軽妙洒脱な娯楽番組とは、同じテレビ朝日の番組でも、月とスッポンの違いですね。ビートたけし、阿川佐和子、大竹まこと、といった3人のコンビは絶妙です。毎回のように、もっともらしいことを大声で喚き散らす各界のゲストを迎えて、適当にサバイていく見事なお手並はプロならではのものと感心しています。

ところが、田原さんが、ある記事を紹介しながら話をはじめた、「粉飾」についての議論は、聴くに耐えないヒドイものでした。田原さんをはじめ、証取法とか“粉飾”ということがどういうものか、基本的なことがらを理解することなく話し合っているのですから、さしづめ“粉飾の空騒ぎ”(Much ado about nonsense Dressing)とでもいったところでしょうか。
田原さんが番組中で、チラチラ振りかざしていたのは、“「万引き」で「死刑宣告」”と題する、大鹿靖明氏(朝日新聞「アエラ」編集部記者)の記事で、朝日新聞社が発行している「一冊の本」2006年3月号に掲載されているものでした。田原さんの空騒ぎは、おおむねこの記事の内容に近いものでしたので、大鹿氏の所論にしたがって吟味してみることにいたします。
強制捜査から2ヶ月ほどたちますが、マスコミの論調を見たり、経済通とされている“専門家”の所論を見ていますと、証取法とか「粉飾」についてどうもよく分っていないのではないかと考えていましたので、この機会に大鹿氏の所論を手がかりとして、私の考えていることをまとめてみようと思います。

この項つづく

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ここで一句。

“有識者出た結論の平凡さ” -さいたま、幸太。

 

(毎日新聞:平成18年1月8日号より)

(平凡であればまだしも、明らかに間違っていることを得意気に喋っている“有識者”。落語に登場する、なんでも知っている長屋のご隠居さん? “ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは”-業平の歌の迷講釈、何度きいてもいいものですね。)

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