冤罪を創る人々vol.78

2005年09月06日 第78号 発行部数:414部

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「冤罪を創る人々」-国家暴力の現場から-

日本一の脱税事件で逮捕起訴された公認会計士の闘いの実録。
マルサと検察が行なった捏造の実態を明らかにする。
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山根治(やまね・おさむ)  昭和17年(1942年)7月 生まれ
株式会社フォレスト・コンサルタンツ 主任コンサルタント
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●(第七章)総括

「(6) 前科者」より続く
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ニ.無謬神話の崩壊

一、 マルサと検察官については、その職務の執行は厳正になされ不
正行為などあるはずがないという信仰に近いものが国民の中にあっ
た。無謬神話と言ってもいいものだ。私も、このたびの体験をする
までは、当然のこととして疑問さえ抱いたことがなかった。

二、 仕事がら私は税務調査の現場で税務職員と接する機会が多かっ
た。税務署から国税局に至るまで様々な人達との出会いがあった。
出会った人数は延べ千人近くになるであろう。
納税者に厳しく応対しながらも、法に定められた節度を保ち、す
ぐれた調査能力を発揮する数多くの人達がいた。まさに税務調査の
プロである。情報力と調査能力に関して、世界のトップレベルにあ
ると評される日本の国税当局を支えているのは、調査のプロフェッ
ショナルというべきこの人達である。私も監査のプロとして心から
の敬意を表し、自然に頭が下がったものである。

三、 調査立会を通して、この人達から数多くのことを教わった。中
でも国税局の資料調査課の人達からは、優れた調査技法を教わった。
私は、ミニマルサと称される料調(資料調査課)の調査立会はこ
れまでに7回経験している。東京国税局で2回、関東信越国税局で
1回、大阪国税局で2回、広島国税局で2回の合計7回である。そ
の全てが、従来の関与税理士が自らに責任がふりかかるのを恐れて
逃げ出したケースであった。
料調の立会の中でも忘れることができないのは、二十年以上前に
経験した大阪国税局に関するものである。
私の眼の前で展開された調査技法と見事な処理能力に驚いたこと
を今更ながら思い出す。この時も担当官と相当激しくやりあったの
であるが、調査が終了した後も担当官との交流が続いており、お互
いに年賀状だけは欠かさない。

四、 一方で、調査権限を振りまわして納税者を威圧し、税務調査の
名のもとに理不尽な言動を繰り返し、納税者に不安と不快感を与え
不当な納税を強いる人達も少なからず存在した。
この人達は概ね、税法をはじめとする法律の理解が皮相的かつ独
断的であり、企業会計に対する理解も驚くほどおそまつなものであっ
た。能力の欠如を、国家権力で補おうとでもするかのように、強引
に納税者をねじふせようとする税務職員もまた数多くいたのである。

五、 国税局の料調も例外ではなかった。十数年前に立会をした関東
信越国税局の資料調査課による調査は随分荒っぽいものであった。
私が関与するまでに、数十人が押しかけてきて問答無用とばかりに、
任意調査ではとうてい許されない取調べを行っていた。経理担当者
の一人が、過労と心痛の余り、心臓発作を起して死亡したほどであっ
た。
調査の中途から立会に関与した私は、東京九段下にある同国税局
の担当国税統括官に面会を求め、違法調査に対して厳重抗議を行っ
た。
死亡した経理担当者の白黒の写真を引き伸ばして額に入れ、黒リ
ボンをかけて、経理責任者に持たせ、料調の部屋へ入り、担当統括
官に面会したのである。
統括官は黒リボンの額を眼にするや、顔がひきつり、一言も発せ
ずに、私達二人を料調の部屋から連れ出し地下の部屋へと導いた。
そこは、畳敷きの広い部屋で、いくつか木の座卓が置かれていた。
統括官は、経理責任者と私とを座卓に向って座らせ、私達を睨み
つけた。マントヒヒのオスが敵を威嚇するように、顔を赤黒くさせ、
顔のあちこちにタテヨコのシワをつくりあげて睨みつけた顔は、大
見得を切る歌舞伎役者さながらの迫力であった。
次いで罵声が私達三人以外誰もいない地下の大広間に響き渡った。
統括官は座卓に置かれていたアルミの灰皿を鷲掴みし、力一杯座卓
に叩きつけた。バンバン叩きつけられた灰皿は本来の用をなさない
ほど変形してしまった。あの地下の大広間は今でも納税者と税理士
を脅しあげる場所として使われているのであろうか。

六、 私はこのような虎の威を借りて威嚇し納税者をいじめる税務職
員に出会うと、猛然とファイトが湧いてきたものだ。
もっとも納税者の中には、理屈に合わなくとも、税務調査が早く
終るなら追徴金を払ったほうがよいと言う向きもあった。このよう
な場合、代理人にすぎない私は、納税者本人の意向に反してまでは
税務当局に立ち向ってはいかなかった。
しかし、大半の納税者は理不尽な税金の支払いをすることに抵抗
があり、私は、その意向を確認したうえで、不法行為を繰り返し不
当な税金の支払いを迫る税務職員には、キッチリと向き合うのを常
とした。
一般納税者が税法と企業会計に無知であることに乗じて、不当な
税金をふきかける人達に対しては、公僕としての公務員の立場を説
き、税法と企業会計の基本をしっかりと教えることにしていたので
ある。

(続きはWebサイトにて)
http://consul.mz-style.com/item/385

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●山根治blog (※山根治が日々考えること)
http://consul.mz-style.com/catid/21

「江戸時代の会計士 -4」より続く
http://consul.mz-style.com/item/361

・ 江戸時代の会計士 -5

恩田木工、妻は離別するのをやめたのですが、今度は子供たち
(このとき三男二女がいました)に向かって、

“さて子供は何処(いずこ)なりとも立退け。路銀(ろぎん)は相当
に遣すべし。”
(さて、子供たちはどこへでもいいから立去るように。それなりのお
金は持たせよう。)

と、改めて言い放ちます。

5人の子供たちは、揃って懇願します、-

“私共も虚(うそ)は申すまじく候。食事も飯と汁より外は給(た)
べ申すまじく候。木綿着物を着申すべく候間、勘当御免下さるべし。”
(私たちも決してウソは申しません。食事も飯と汁より他のものは食
べません。木綿の着物を着ますので、どうか勘当だけはお許し下さ
い。)

“いよいよ左様に候や。”
(確かにその通りであるか。)

と、木工。

“なるほど、誓詞にて御座候。”
(はい、誓って間違いございません。)

と、子供たち。

妻と同様に、子供たちのたっての願いを叶えることにした木工は、

“然らば、是まで通りにして置くべし。”
(それならば、これまで通り家にいてもよろしい。)

と、応ずるのでした。

妻と子供たちは片をつけましたので、今度は、家来たちに向って
改めて言い渡します、-

“家来ども、残らず立出で申すべく候。”
(家来たち、一人残らず立去るがよい。)

これを受けた家来達一同も、木工に対して必死に嘆願します、-

“私共も虚言は申すまじく候。御飯と御汁よりほか給べ申すまじく候。
何卒このまま差置かれ下され候様に願ひ奉り候。”
(私達も決してウソは申しません。ご飯と汁物よりほかのものは食べ
ません。なにとぞ、このまま家来としてお召しかかえ下さいますよ
うにお願い申し上げます。)

家臣一同の懇請と決意を聴き、木工は家臣のたっての願いを了承
します、-

“手前申す通り相慎み候はば、召しつかひ申すべく候。其方共暇を出
し候とも、外に抱へねばならぬ人なり。これに依って、給金はこれ
まで通り遣(つかわ)すべく候間、奉公大切に相勤むべく候。“
(私が申し渡した通り、身を慎むということならば、引き続き召し抱
えよう。その方たちに暇を出すといっても、代わりの者を召し抱え
ねばならぬ。よって、給料は今まで通り支給するので、心して勤め
を続けるように。)

これに対して、家来たちは、自発的に給料の返上を申し出ます、-

“いや、御給金は御貰ひ申すに及ばず候。食物さへ下され候へば、衣
類は所持仕(つかまつ)り候。切れ候節、旦那様の古着なりとも拝
領仕り候て着申すべく候。さ候へば、御給金の儀は頂戴仕るまじく
候。”
(いえいえ、御給料は結構でございます。食べ物さえいただければ、
着物は持っているもので間に合います。着物がすり切れてしまいま
したら、その時は旦那様の使い古しなりともお下げ渡しいただき、
着用いたします。そのような次第でございますので、御給料の件は
辞退申し上げます。)

ここから先の恩田木工の返答は、他に類を見ないほどのもので、
いわば“殺し文句”の見本とでも言えるでしょう、-

“いやとよ、われは知行(ちぎょう)千石頂戴する事なれば、飯と汁
よりほか給(た)べざる故、何も入用(いりよう)なければ、家来
共へ給金取らせ、家内の入用差引き、相残らば御上(おかみ)へ差
上ぐるよりほか入用なし。其方共は妻子を養ふものなれば、給金は
遣すべく候間、左様に相心得申すべし。”
(なにを言っているのだ。私は殿様から千石もの禄をいただいている。
飯と汁しか食べないと決めたので他に使う道がない。家来たちに給
料を支払い、家内うちの費用を差し引いて、それでも残るのであれ
ば、余ったものは殿様にお返しするしかないではないか。その方た
ちは妻子を養わねばならないのであるから、給料は今まで通り支給
するので、そのように承知するように。)

主人からこのような言い回しをされた家臣たちは感激のあまり、

“重々(じゅうじゅう)有難き仕合に存じ奉り候。”
(かえすがえすもありがたいことでございます。)

と、心から納得したのでした。

妻、子供、家来ときて、残るのは親類縁者です。木工は、改めて
申し渡します。

(続きはWebサイトにて)
http://consul.mz-style.com/item/386

【お知らせ】

前号の「ホリエモンと小泉純一郎 -1」ですが、諸事情により
Webサイトでの公開は9月12日以降となります。ご了承のほど
よろしくお願い申し上げます。

 

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