江戸時代の会計士 -4
- 2005.08.30
- 山根治blog
恩田木工は、ウソを言わないことを基本に据えて、勘略奉行の大役に取り組むつもりである、と明言した上で、“然るに、女房を始め子供、家来共、親類中も虚言(うそ)申し候ては、「木工が虚言申すまじくとは申せども、近き親類を始め家内の者、あの通りなれば、木工からして合点ゆかず」と疑ひ申すべく候。さすればこの役は相勤まり申さず候。これに依って、女房を去り、家来に隙を遣(つかは)し、親類中と義絶致す事に候。”
(ところが、妻をはじめ子供、家来達、親類の皆がウソを言っているというのであれば、「木工がウソを言わない、公約は守ると言ってはいるが、近くの親類を始め家内の者が、あのような状態では、木工からして怪しいもんだ」と疑いの目で見られてしまう。このような領民の疑いを断ち切るために、妻を離別し、家来に暇を出し、親類縁者と義絶することにしたのだ。)と、その理由の一端を明らかにします。
さらに、恩田木工は、続けます。
(その上、日常は飯と汁物(一汁一飯)より外は、漬物さえ食べないと決めた。更に又、着る物も木綿にしようとは思っているが、今あるものをそのままにして新調するのも不経済であるから、あるものは着ることにし、新調する際には木綿以外の生地は用いないと決めた。そなたは、今まで通り気軽にウソを言いたいだろうし、おかずもたくさん食べたいだろう。着物だって木綿物は着にくいであろう。)
このように木工は妻に対して、自らの3つの決心を申し伝え、そのような自分に従ってくることはできないだろうと妻に申し向けます。
これに対して、妻は直ちに問い返します。
(決してウソを言わず、食事は飯と汁物だけにし、木綿の着物を着るのであれば、離別なさらないでもあなたの邪魔にはならないのではありませんか。)
(なるほど、その通りだ。)
と、木工。
(そうであれば、私、ウソは申しません。木綿の着物を着用いたしますので、どうかこのままここに居らせてくださいますように。)
妻の理詰めの嘆願に対して、木工は、
(いや、そうしてくれたからといって、家来達に暇を出すからには人手が無くなるために、水汲みもしなければならないし、飯も炊かねばならない。)
と、さらにハードルを高くして追い打ちをかけるのです。
妻は、木工の更なる条件についても、
(分かりました。飯炊き、水汲みも、見よう見まねでやってみようと思います。)
と、受け入れます。
(それに間違いないか。)
と、木工。
(誓って!)
と、妻。
それ程の心構えであるならば、致し方ない、
(そうであれば、家を出ることはない。妻として置いておくことにする。)
時代が違うとは言え、なんとも威張っていますね。新婚にせよ、熟年カップルにせよ、離婚が珍しくない現代ではどうでしょうか。全ての女性とは言わないまでも、仮に恩田木工の真似でもしようものなら、女性の10人のうちで9人までは、
「なに言ってんの、馬鹿らしい!」
とか言って、ブチ切れることでしょうね。作家安部譲二さんの巧みな表現を借りれば、「女の顔が平たくなる」(作家によれば、どのように彫りの深い顔の女性でも怒ると顔が平たくなるそうです)のは明らかです。にわかセレブを演じている某女性タレントのように、回し蹴りをかませるかもしれません。いずれにせよ、オンナ変じて獰猛な生物にヘンシンすることは間違いありません。
―― ―― ―― ―― ――
ここで一句。
(20年ほど前、ある団体の仕事を一緒にしていた画家の岡本太郎さんが、松江の事務所においでになったことがあります。私の妻を「家内です」と紹介したところ、ふだんは小さい目を大きく見開き、両手をひろげ肩を上げ、一言、「おっ家内!」。影のように寄り添っていた岡本敏子さんも今年他界。)
-
前の記事
郵政民営化 -2つのゴマカシ 2005.08.25
-
次の記事
江戸時代の会計士 -5 2005.09.06