119 前科者

****(6) 前科者 ― 以前に法を犯して刑罰を受けている者 ―

一、 平成15年9月20日午前10時30分、最高裁判所から、同15年9月18日付の上告棄却の決定書が特別送達された。

直ちに、中村寿夫主任弁護人に連絡。この日は土曜日であり、中村弁護人はゴルフに行っており留守であった。

二、 夕方、弁護士事務所で打ち合わせをする。
このまま放置しておくと、送達の翌日から三日たてば、上告棄却の決定が確定するという。
時間稼ぎをする為に、直ちに異議申立の手続を弁護人に依頼。中村弁護人は、この日の夜半に異議申立書を作成し、翌21日、速達書留郵便で最高裁判所に送付した。
この異議の申立は、発信主義ではなく、到達主義によるものであり、翌日から3日以内、即ち、平成15年9月23日までに最高裁に到達する必要があったことから、急いでいたのである。

三、 私が時間稼ぎをする必要を感じたのには、訳がある。
主任弁護人から、上告審にかかっている別件の事件は、いずれも懲役刑になるようなものではなく、仮に有罪であったとしても罰金刑どまりであろうとの見通しを聞かされていた。この場合、私の公認会計士の資格の継続に何の支障も生じない。
その上、最高裁でどのような決定がなされるにせよ、あと一年位先のことであろうとの見通しであった、
現に、上告棄却の決定書が特別送達される前日の9月19日に、刑法学界の人達800人程に、裁判の支援をもとめる為に、私の事件の概要と上告審での問題点とをまとめた小冊子を中村弁護士名で送付したばかりであった。
上告棄却(懲役1年6ヶ月執行猶予3年)という内容と、思いがけなく早く来たことにショックを受け、あわてたのは事実である。
それなりの心がまえと準備はしていたものの、3日間では足りなかったのである。

四、 9月21日は日曜日であった。
私は、事務所の存続を確実なものにするために、上告棄却の確定を延ばし、公認会計士の称号が使える間に、取り急ぎ関係者にしかるべきあいさつ文を送付し、上告棄却が確定した段階で再度、案内文を送付することにした。この日、あいさつ文の原案を作成し、9月22日の月曜日を待った。

五、 9月22日、かねてから業務提携の話し合いを進めていた東京のK公認会計士に連絡。
翌9月23日は秋分の日であり休日ではあったが、緊急事態であり、K会計士は松江に来ることになった。

六、 9月23日、昼の12時5分、K会計士を米子空港に迎えに行き、事務所で業務提携について具体的に話し合った。
最高裁の上告棄却が確定すれば、私の公認会計士と税理士の称号が使えなくなり、とくに税務申告書に税理士として署名することができなくなるからである。

七、 K会計士との業務提携を盛り込んだあいさつ文の原案をK氏に示し、了解を得た上で、翌9月24日、800余りの関係先に送付。公認会計士の称号を付した文書としては、最後のものとなった。

八、 9月20日の上告棄却書送達日から、4日間連絡のとれなかった、東京在住の長男純とコンタクトができたのは、飛び石連休明けの9月24日のことであった。北アルプスの山の中を歩いていたようで、長男の声を電話口で確認したとき、ホッと一息ついた思いであった。
緊急の事態についての対応策を協議するため、長男が松江に帰ってきたのは9月25日であった。

九、 二人で、時に次男の学を交えて三人で、会計事務所の今後の方策について話し合い、具体的な詰めの協議を行なった。
5日間で、三人の協議は完了し、私の腹は固まった。

一〇、平成15年10月4日、上告棄却の決定書が届いてから、ちょうど2週間後の土曜日に、最高裁判所から、9月21日に行なった異議申立を棄却する決定書が特別送達されてきた。午前11時のことであった。
この瞬間、私に下された懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の刑が確定することになった。
私の身分は、被告人から前科者へと移行した。同時に、公認会計士の肩書が使えなくなり、財団法人、社会福祉法人、医療法人等の役員資格が喪失した。

一一、平成15年10月6日、かねて用意していた二番目のあいさつ文を関係者に送付した。一番目の文書とは異なり、私の肩書から公認会計士の称号は外されていた。公認会計士山根治の名刺を破棄し、新たに株式会社山根総合事務所 代表取締役 山根治の名刺を作成した。

一二、平成15年10月29日、私は、公認会計士抹消登録の手続きを日本公認会計士協会に対して、行なった。
電話による協会職員中原氏との話し合いの中で、私は驚くべきことを聴くことになった。
3年の執行猶予期間が終ったら、直ちに再登録できるというのである。本当なのか、私は一瞬わが耳を疑った。

一三、実は、このときまで、刑が確定した後、8年間は、再登録できないものと思い込んでいたのである。3年の執行猶予期間が終ってから、更に5年間は駄目だ、―私の2人の弁護人からこのように聞いていたからだ。

一四、私は納得することができなかったので、協会の中原氏に対して、「執行猶予期間が終ったら直ちに再登録できる」旨の根拠について尋ねたところ、10月27日、早速、同氏からファックスが送られてきた。公認会計士法についての逐条解説書の一部であった。
しかも、中原氏の話では、禁錮以上の刑に処せられ、登録を抹消された者でも、執行猶予期間付のものについては全て、執行猶予期間が終了したら直ちに再登録に応じているとのことであった。

一五、公認会計士法第14条は、欠格事由を定め、「禁錮以上の刑に処せられたものであって、その執行を終り、またはその執行を受けることがなくなってから三年を経過しないもの」は、公認会計士になることはできないと規定している。
当初、弁護人から、「執行を受けることがなくなる」とは、猶予刑の場合、執行猶予期間が終了することを意味し、それから5年間(私の場合は、別件の中に一部税法関連の部分が含まれていたので、通常の3年に較べて2年長いとされた)は、公認会計士の登録ができないと教えられ、8年間のブランクを覚悟していたのである。

一六、しかし、公認会計士協会によれば、8年ではなく、3年で復帰できるという。何故か。
送られてきたコンメンタールの一部を読んで、私なりに理解することができた。

『執行を受けることがなくなるとは、仮出獄の後、仮出獄の処分を取り消されることなしに残余の刑期をおえること等である。ただ、刑の執行を猶予された場合は、執行猶予期間中は「執行を終り、又は執行を受けることがなく(会計士法4条2号)」なった者でないから当然欠格事由に該当するが、執行猶予期間を無事に経過すれば刑法27条の規定により刑の言い渡しがなかったと同様に取り扱われることから、その後3年の経過を待つまでもなく、ただちに欠格事由は消滅するものと解される。』

このコンメンタールが正しいものとすれば、「執行を受けることがなくなる」とは、「執行猶予期間が終了する」と同義だとした私の弁護人の解釈と齟齬をきたすことになる。
私は早速、中村主任弁護人に問い合わせることにした。

一七、中村弁護人は、次のように回答した。

「法文上、形式的には、以前回答したことに誤りはない。現に、商法254条の2の4には、取締役の欠格事由としては、『禁錮以上の刑に処せられその執行を終了する迄、又は其の執行を受くる事なきに至る迄の者。但し、刑の執行猶予中の者は此の限に在らず』と規定されており、『その執行を受くることなきに至る迄の者』から、執行猶予中の者をわざわざ除外している。
ただ、法文解釈上、公認会計士協会が提示したコンメンタールのような扱いになっているようである、として、刑法27条のコンメンタールの写しを示した、 ―

『近時の立法では、執行猶予中の者を、ひろく「禁錮以上の刑に処せられ・・・・その執行を受けることがなくなるまでの者」に含めて猶予期間中資格制限をうける旨を明文により定める例が多いが、中には、司法書士法3条1項のごとく、「禁こ以上の刑に処せられ、その執行を終り、又は執行を受けることがなくなってから二年を経過しない者」と欠格事由を規定するものもある。この規定を法的に解釈すれば、執行猶予期間経過後2年間は、いぜんとして禁錮以上の刑に処せられた事実に基づく不利益な資格制限が継続することとなる。しかし、他の法律、とくに弁護士法、公証人法等、より重要な職域についての資格要件を定めた法律の規定との対比上、司法書士法において、執行猶予期間を経過した者に対していぜんとして資格制限を存置することは、他との権衡を失し合理性に乏しいばかりでなく、執行猶予制度の本旨に反するものがあるから、むしろ解釈としては、執行猶予期間の経過によって刑の言渡が効力を失った結果、その者はその時以降もはや、禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を受けることがなくなるまでの者には該当しなくなり、直ちに資格を回復するものと解すべきである』

一八、その後私は、税理士法における欠格事由について改めて調べたところ、執行猶予付の刑について、大蔵省通達が出されていることが判明した。

(刑の執行を受けることがなくなった日)
法第4条第4号から第6号までの「刑の執行を受けることがなくなった日」とは、次の各号に掲げる日をいうものとする。
(1) 時効の完成により刑の執行が免除された日(刑法第31条、第32条参照)
(2) 外国において言い渡された刑の全部または一部の執行を受けたことによって、刑の執行の軽減または免除を受け、刑の執行を受けることがなくなった日(刑法第5条参照)
(3) 恩赦法に規定する減刑により、刑の執行を軽減されることによって刑の執行を受けることがなくなった日(恩赦法第6条、第7条参照)
(4) 恩赦法に規定する刑の執行の免除により、刑の執行を免除された日(恩赦法第8条参照)
2 次の各号に掲げる場合は、法第4条第4号から第6号までに規定する「刑に処せられた」場合に該当しないものとする。
(1) 刑の執行猶予の言渡を取り消されることなく猶予の期間を経過したとき。(刑法第27条参照)
(2) 大赦または特赦により有罪の言渡の効力がなくなったとき。(恩赦法第3条、第5条参照)

一九、以上により、私の公認会計士及び税理士の資格は、欠格事由が発生したことによって、登録抹消されるものの、3年の執行猶予期間を無事過ぎることによって、欠格事由が消滅し、直ちに再登録できることが確認できた。

二〇、私は現在61才である。当初考えていたように8年後にしか再登録できないものとすれば、その時私は69才となり、正直言ってかなり気の重いことであった。
それが3年に短縮された。3分の1ほどの期間である。
私の60台半ばまでには資格が回復する ― 私にとってこれほど元気づけるものはなかった。

二一、かなりの人達に、8年という期間について告知してあったため、急ぎ訂正の連絡をすることにした。
まっ先に連絡したのは、東京にいる長男であった。気が抜けたような声を出しながらも非常に喜んでくれた。
25年来の友人で、家族同様のつきあいをしている元国会議員の岩本久人氏にも早速電話した。
電話口から、「よかった!」という大きな声が返ってきた。更に、氏は、言葉を次いで、「衆議院議員の任期は4年であるが、解散を加味すれば、平均の任期は3年だ。議員は落選した場合、次の選挙で当選する保証は全くない。その意味からすれば、3年たてば必ず会計士に復帰できるのであるから、こんなにメデタイことはない。」と政治家らしい祝福の言葉を送ってくれた。
岩本氏は、平成7年の参議院議員選挙に落選したことをバネにして、自ら理事長を勤める社会福祉法人みずうみの事業拡大と処遇の充実に全力を注ぎ、山陰の松江から社会福祉のパイオニアとして、日々の実践を通して、全国に向けて、情報の発信を行っている。幼児から老年者に至るまで、それぞれの人達の目線に立って、あるべき福祉の姿を地域社会と共に模索している事業家である。

二二、前科者という不名誉な肩書は、猶予期間が終ったら消滅する。
執行猶予刑の場合、刑の執行猶予の言渡を取り消されることなく、猶予の期間を経過したときには、刑の言渡が効力を失うものとされ(刑法第27条)、刑に処せられたことにはならないからだ。当然、前科者名簿の抹消が行われる。
3年経てば、経歴書にも賞罰欄に「無し」と記入することができるようになり、私の名誉は完全に回復される。

 

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