077 タマリ

*(ウ)「タマリ」

1. 平成8年2月2日、私は中島に対して議論をしかけてみた。

山根:「あなた方は、脱税だといって大騒ぎしているが、仮に脱税とした場合、タマリは一体どこにあるんですか。」
― 「タマリ」とは、脱税によって貯えられた資産のことで、主に隠匿された預貯金、株式、債券あるいは貴金属をいう。

中島:「たしかに、それはそうだ。隠匿しているものはないんだからな。」
山根:「タマリのない脱税なんてあるんですか。」
中島:「・・・。」
山根:「それに組合が脱税したというのなら、組合は脱税したことによって、どんな利益を得たというんですか。脱税をしてどんな得があったというんですか。」
中島:「それはそうだが、払うべき税金が払われていないではないか。どうなんだ。」
山根:「議論をすりかえないで欲しい。私の問いに対する答えになっていない。それにあなたは払うべき税金が払われていないと言うが、もともと払うべき税金など存在しない。全て損金で出ているか、あるいは償却資産となって利益は合法的に消えているからだ。」
中島:「・・・。」

2. この日は、これ以上議論は進まなかった。企業会計と税務の実際に接していない中島の限界だったのであろう。
二日後の同年2月4日、私は再びタマリを持ち出した。中島は待っていましたとばかりに猛然と反論してきた。陰の指南役であるマルサに手とり足とり教えてもらってきたに違いない。
熊の雄叫びは五分位続いたであろうか、私が適当に半畳を入れていると次第におとなしくなっていき、10分もすると中島のいつものパターン通り、熊のぬいぐるみにおさまった。中島は、なんとも素直で分かりやすい純真な人物であった。
マルサ仕込みの付け焼刀が私に通用するはずがない。なにせ私は、商業高校一年生のときから簿記をたたきこまれ、その後、長く実務の世界でもまれてきた男だ。なめたら、あかんぜよ。

3. その後、何回か、思い出したように中島のほうからタマリの議論を持ち出してくるようになった。
その都度、中島の議論は精緻になってはきたものの、所詮にわか仕込みの付け焼刀の域を出るものではなかった。
咆哮する熊が、かわいらしい熊のぬいぐるみにヘンシンする一人芝居が、松江刑務所の一室で展開された。観客は、私と渡壁書記官の二人だけであり、中島の見事な演技に、拍手を送る観客はいなかった。

 

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