076 自決の慫慂

*(イ)「自決の慫慂」

1. 中島は、私を逮捕した直後から、

「山根の人生はもう駄目だ。早く身辺の整理をすることだ。悪あがきするだけ無駄というものだ。」

といった趣旨の発言を取調べのたびに繰り返し、私の気力を阻喪させることに意を注いだ。とどめを刺すつもりであったろうか、中島は私に自殺を暗に慫慂(しょうよう)する内容の話を仕向けてきたのである。

2. 取調べも半ばにさしかかったある日、中島はさりげなく自らの体験談を語り始めた。

中島:「最近のことなんだが、広島で殺人事件があって、オレが担当することになった。犯人は山根と同じ50才前半の男で、以前にも殺人罪で無期懲役を食らい仮釈放されたばかり。シャバに出てみたところが、男の女房が他の男と一緒に暮らしていることが判った。奴っこさん、頭に血が昇ったんだろうね。乗り込んでいって、女房とその母親とをメッタ刺しにして殺してしまったんだ。
すぐに逮捕されて、私のところにきたって訳だ。」
山根:「あなたは経済犯が専門ではないんですか。」
中島:「いや、そんなことはない。こんなこともやらされるんだ。」
山根:「いろいろな経験をするわけですね。」
中島:「うん、そうだ。ところが、この男、取調べの途中で死んでしまった。」
山根:「何があったんですか。」
中島:「拘置所で自殺しちゃったんだよ。」
山根:「なんですって。拘置所で自殺?そんなことできるんですか。房内には刃物とかひも類のような自殺ができるようなものは一切持ち込むことができないし、その上に、一日中看守の目が光っているわけですからね。」
中島:「それが、首を吊ってしまったんだよ。」
山根:「ヒモとかバンドなどないのに、どうして首を括ることなんてことができるんですか。」
中島:「あまり具体的に話して誤解を与えてはいけないが、ま、一つの話しとして聞いてくれたらいいだろう。
その男は、外窓の鉄格子にシーツを巻きつけて首を吊ったんだよ。
仮釈放の身で、二人殺したわけで、よくいっても無期懲役を打たれる、生きて二度とシャバに出ることはできないと悲観して自ら命を断ったんだろうな。」

3. 中島行博という人物は、私に罪があろうがなかろうがともかく逮捕して、拘置所にぶち込んで自由と人間としての尊厳性とを奪い取り、マスコミには嘘の情報をタレ流して大騒ぎさせ、連日の取調べでは、耳もとで「お前の人生は終わった、もう駄目だ」とお経の如く囁きかけ、とどめとして、早く楽になる方法をさり気なく耳打ちする、 ―
この一連のプロセスを見事にやってのけた。おそらく、検察庁に内部マニュアルでもあって、それに忠実に従ったのであろう。その意味では、中島は極めて有能かつ任務に忠実な検察官であった。
たしかに、私が死んでしまえば、検察としては万々歳であったろう。私がいなくなれば、多くの関係者は総崩れとなり、嘘の供述調書が完璧なまでに整えられ、虚構のシナリオは目出度く貫徹されたことであろう。

 

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