055 冒頭陳述

***3.公判の現場から

****1)第一審

*****(ア)冒頭陳述

一、 平成8年5月7日、第一回公判が開かれ、公判検事立石英生は、松江地裁第31号法廷で冒頭陳述を行った。

立石が作成した49ページの冒頭陳述書には、4つの計算図表が別紙として添付されている。

(別紙1.)資金の流れチャート図
 売買代金1,650百万円の流れが追跡されており、このチャート図自体は正しいものである。B4版、一枚。

(別紙2.)逋脱所得の内訳明細書
 組合の3事業年度にわたって、費目別に逋脱(不正)所得が列挙されており、それぞれの証拠として査察官調査書が挙げられている。検察がマルサと共に捏造した中核部分である。B4版、4枚。

(別紙3.)修正損益計算書
 組合の3事業年度にわたって、公表金額に別紙2.の逋脱所得を加味して計算した損益計算書。別紙の逋脱所得が虚構のものであるので、これら修正損益計算書も虚構の産物である。B4版、8枚。

(別紙4.)税額計算書
 組合の3事業年度にわたって、別紙3.で計算された修正課税所得をもとに算出された法人税と脱漏税額の一覧表。修正課税所得が虚構であるので、これら各年度の脱漏税額も虚構である。B4版、1枚。

〈脱漏税額〉

(1).平成3年3月31日期203,356,200円
(2).平成4年3月31日期250,131,600円
(3).平成4年5月22日期67,231,700円
合計520,719,500円



二、 初公判において、検事立石英生が読み上げる冒頭陳述を、私は被告人席で聴いていた。

 はじめのうちこそ、立石は、私を含めた各被告人の経歴と組合が42億6000万円の移転補償金を受け取るに至った経緯について、事実に即して述べていたものの、途中から、荒唐無稽なことを言い始めた。神聖であるべき刑事法廷の場で、虚構のストーリーが、検事立石英生によって展開されたのである。



三、 被告人席にあった私は、現実の出来ごととは思えない気持で耳を傾けていた。禍々(まがまが)しい言葉が次から次へと立石の口から繰り出され、私は胃が締めあげられる思いを味わった。



 「仮装売買」

 「4億円の融資」

 「共謀」

 「還流」

 「仮装取得」

 「謀議」

 「実在しない財団法人松江支部」

 「税務上のフィクション」

 「代替資産として取得したこととして」

 「捏造」

 「罪証隠滅工作」

 「犯行」



四、現時点で、改めて立石英生が創りあげた虚偽の冒頭陳述書を読み返してみると、当時の法廷の状況がくっきりと甦ってくる。

 小太りで背の低い立石英生のしまりのない顔と、背広の胸につけられた検事のバッジとが、不協和音と共に私の脳裏を去来する。

 秋霜烈日 ― 検事の白いバッジに託された検察の理念と、立石英生の負のイメージとが余りにも離れすぎているのである。



五、 立石が無理に無理を重ねて私を罪人に仕立てあげた冒頭陳述書は、ほとんど全てが捏造であり、虚偽の作文である。

 しかも、改めてこの冒頭陳述書を仔細に検討してみると、立石英生が脱税という犯罪を証明しようとして明示している証明方法が、不完全なものであり、その意味では、明らかに間違っていることが判明する。



六、 立石は、「立証方法は、損益計算法による。」と記し、法廷でも同様のことを述べた。

 損益計算法は、財産計算法に対応するもので、それぞれ企業会計の損益計算書と貸借対照表に相当するもののようである。

 現に、別紙3.で組合の各期の損益計算書をベースにして修正損益計算書が作成されており、これをもって損益計算法と呼んでいる。



七、 損益計算法とは、法人税法による場合には、各年度の益金から損金を差し引いて所得を計算する方法であり、財産計算法とは、年度末の正味財産から年度始めの正味財産を差し引いて所得を計算する方法である。

 正規の簿記の原則が前提となっている現行法人税法のもとでは損益計算法による所得と、財産計算法による所得とは、当然一致するし、また一致しなければならない。

 換言すれば、損益計算法による所得は、財産計算法による所得と一致することが確認されてはじめて、正しい所得であることが証明されるのである。

 正規の簿記の原則に含まれる複式簿記の原則に準拠している企業会計にあって、損益計算法と財産計算法とは車の両輪の関係にあり、所得を計算するうえで不可欠のものとされている。



八、 ところが、脱税事件の判例を調べてみると、脱税の立証方法は原則として損益計算法によるものとされており、例外的に財産計算法によることも認められているようである。

 つまり、判例は、2つの計算法のうちいずれか一つをもって立証すれば十分と考えている節がある。



九、 この背景には、次の2つの事情があると考えられる、 ―

 一つは、法人の所得(利益)計算は、法人税法第22条第一項によって、益金の額から損金の額を差し引いた金額を所得とする、と定められており、この条文による限り、損益計算法が原則であるとしても必ずしも間違いではないと言えること、二つは、脱税で摘発されるほとんどの場合、仮装もしくは隠蔽がなされており、記帳がなされていなかったり、仮に記帳がなされていたとしても、二重三重の裏帳簿(俗にB勘という)による操作が行なわれており、正規の損益計算書と貸借対照表とを作成することが不可能であり、いずれか一方の計算法によらざるを得ないこと、

― この二つである。



一〇、しかし、法人税法は、所得計算において、損益計算法だけで事足れりとしているわけではない。

 法人税法は、第22条第一項で、所得の計算方法を規定する一方で、同条第四項で、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとする」と規定している。

 即ち、法人税法は、法人所得の計算は、企業会計原則に従って行うべきことを規定しているのである。



一一、現代の企業会計原則は、動態的会計理論とゴーイング・コンサーン(企業継続の原則)とを根幹に据えており、年度末における資産と負債の確定は、年度の所得を計算するうえで、必要不可欠のものである。

 つまり、年度末の資産負債の額を確定(資産と負債の額を確定して一覧表にしたものを貸借対照表という。尚、貸借対照表のことをバランス・シートというが、バランスとは、資産と負債の残高のことである)しなければ、その年度の所得(利益)の計算ができないのである。

 企業会計原則に従うべきことを定めた現行の法人税法にあって、貸借対照表は、所得計算をする上で絶対的に必要なものであり、単なる参考資料ではない。



一二、私が関連した組合の場合、当然のことながら企業会計原則に従い、明瞭に記帳し、正確な財務諸表を作成していた。

 検察当局は、マルサの調査にもとづいて、不正と認定した16億5千万円の金の流れを正確に追跡し、冒頭陳述書の別紙1.として、「資金の流れチャート図」を作成している。資金の流れに不明瞭なものは一円も存在しない。



一三、このことは何を意味するのであろうか。

 16億5千万円の不動産売買を仮装と認定し、それを根拠に不正(脱漏)所得を損益計算法によって計算した訳であるから、資金の流れが明確になっている以上、自動的に貸借対照表が出来るはずである。複式簿記の原則からして当然のことである。



一四、しかるに、検察は、修正損益計算書を、別紙3.で提示しているものの、修正貸借対照表は提示していない。資金の流れが明瞭であり、修正損益計算書を作成した段階で、自動的に完成しているはずの貸借対照表を提示していないのである。

 通常、公認会計士による監査証明は、損益計算書のみを対象にすることはありえない。貸借対照表と一体になったものとして、はじめて監査証明の対象となりうるのである。

 損益計算書のみであれば、一定の条件を付けた上での単なる説明の域を出るものではない。貸借対照表の裏付けがなければ、証明にはならないのである。



一五、帳簿が存在しないとか、資金の流れが明瞭でない場合であればともかく、組合のケースでは、正しい帳簿が存在し、資金の流れも整然としており、敢えて修正損益計算書を作成し、脱漏所得を計算しようとするならば、それが正しい計算であることを立証するためには、修正貸借対照表の裏付けが不可欠なのである。

 これは、法人税法で規定している「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」(法人税法第22条第四項)が当然に要請していることである。



一六、では、検察は何故しなかったのか。何故、修正貸借対照表を提示しなかったのか。

 検察は提示しようにも、できなかったのである。検察が捏造した荒唐無稽な嘘が誰の目にも明らかになるために、できなかったのである。



一七、たとえば、佐原良夫の側に結果的に残留することになった4億円を例にとりあげて検討してみよう。

 この4億円の性格をめぐって、検察の考え方は二転三転する。

 検察はこの4億円について冒頭陳述のみならず最後まで明確に説明しようとしなかった。その時々の文脈に応じて適当に説明らしきものを加えていたにすぎない。

 改めて、整理してみると次の5つを使い分けていたようである。



 1.佐原の会社に対する譲渡担保にもとづく組合からの貸付金。

 2.組合が支払った佐原個人に対する脱税協力金。

 3.山根が支払った佐原個人に対する脱税協力金。

 4.佐原個人に対する組合からの貸付金。

 5.佐原個人に対する山根からの貸付金。

 

 1.の譲渡担保にもとづく組合からの貸付金とする見方は、マルサの捜索令状に示されていたもので、検察も思い出したように、論告要旨の中で触れている。しかし、控訴趣意書の中では、態度を一変させ、自ら否定している。

 この見方に立つと、4億円は、佐原の会社に対する貸付金として組合の貸借対照表に残留する。



 2.組合が支払った佐原個人に対する脱税協力金とする見方は、私を逮捕勾留した後に、検察がマスコミにリークしたものである。

 この見方に立つと、4億円は、組合側からは社外流出となり、貸借対照表には残留しない。



 3.山根が支払った佐原個人に対する脱税協力金とする見方は、2.と同様、検察がマスコミにリークしたもので、控訴趣意書の中でも触れられている。

 この見方に立つと、4億円は、組合としては、山根に報酬として支払ったものとみなせば、社外流出として貸借対照表に残留しないし、山根に対する貸付金であるとみなせば、山根に対する貸付金として貸借対照表に残留する。



 4.佐原個人に対する組合からの貸付金とする見方は、冒頭陳述書に示されているもので、論告要旨の中でも触れられている。

 この見方に立つと、4億円は、佐原個人に対する貸付金として組合の貸借対照表に残留する。



 5.佐原個人に対する山根からの貸付金とする見方は、冒頭陳述書に示されているもので、論告要旨の中でも触れられている。

 この見方に立つと、4億円は、組合としては、山根に報酬として支払ったものとみなせば、社外流出として貸借対照表に残留しないし、山根に対する貸付金であるとみなせば、山根に対する貸付金として貸借対照表に残留する。



 以上についてまとめると、 ―

 貸借対照表への計上適 要
1.貸付金400,000千円佐々木の会社への貸付金
2.なし社外流出。佐々木に対する脱税協力金
3.- 1なし社外流出。山根への報酬
3.- 2貸付金400,000千円山根への貸付金
4.貸付金400,000千円佐々木への貸付金
5.- 1なし社外流出。山根への報酬
5.- 2貸付金400,000千円山根への貸付金



 これを更に整理してみると、 ―



1.組合の貸借対照表上に計上される場合

 (1) 佐々木の会社への貸付金400,000千円

 (2) 山根への貸付金400,000千円

 (3) 佐々木への貸付金400,000千円

2.組合の貸借対照表に計上されない場合



 の4つのケースに集約されることが判る。



 即ち、この4億円をめぐってだけでも、4つの異なった貸借対照表が存在することになるのである。

 これは、一つの損益計算書に対して、4つの異なった貸借対照表が存在することを意味するものであり、現行の企業会計原則を根幹におく限り、絶対にありえないことである。

 ありえないことが何故起こったのか。検事立石英生が冒頭陳述の別紙3.で明示した修正損益計算書が誤っているからだ。誤っているからこそ、このような矛盾が生じたのである。



一八、このように、4億円に焦点を合わせて検討してみただけでも、検察のとらえ方は二転三転どころではない。七転八倒といったところである。

 検察は、複式簿記が支配する企業会計の領域で、真実をねじ曲げて虚構のストーリーを押し通そうとしたために、このような結果を招いたのである。

 複式簿記を相手に嘘をつき通すことは容易ではない。立石のような企業会計の素人には尚更のことである。



一九、以上、立石英生は、冒頭陳述において、法人税法の意味するところを曲解し、脱税の立証を損益計算書のみでしようとした。それは、同人が、平成10年3月24日に行なった論告求刑の際にも引きつがれた。

 貸借対照表の裏付けを欠いている損益計算書は、単なる説明の域を出るものではなく、いかなる意味においても証明などと言えるものではない。

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