モラロジーの呪縛-③

 私が日本書紀の原文をはじめて通読したのは、今から19年前、53歳の時である。冤罪で逮捕され、松江刑務所拘置監に収容されていた時だ。(「冤罪を創る人々」-書写と古代幻視

 この時は、万葉集と風土記の学習が中心で、日本書紀はいわば副読本のつもりで読んだのであるが、1000年以上にわたって読み継がれてきた古代の言葉-古訓(こくん)にすっかりはまってしまった。面白いのである。古代の人々が古訓(こくん)を通して直接語りかけてくる思いに囚(とら)われたといっていい。言霊(ことだま)の呪力であろう。

 同時に私は、日本書紀が伝承する日本の正史なるものを冷徹に読み込んだ。

 正史の中で語られる天皇は、日本の統治者としての天皇である。天皇家以外との争いだけでなく天皇一族の間での殺し合い、騙し合いなど、政治の世界ではつきものの現実がリアルに伝承されている。世界各国で伝えられている、いわば建国の創世譚であり、その後に続く国土統治の英雄譚だ。天皇一族は、書記成立時点における日本国の統治者であって、どう考えても日本人の道徳の範となるような存在(最高道徳の実践者)ではない。 

 しかも、皇統は何回も断絶したことが記録されており、万世一系などフィクションであったことが、他ならぬ日本書記が示している。万巻の書を読んだとされる広池千九郎氏が肝腎の日本書紀を十分に読んでいないか、あるいは勝手読みしたために、書記の伝承に反する「万世一系」というフィクションが生まれてきたのであろう。

 幼い頃に生じたモラロジ-に対する違和感、一つは天皇家が万世一系であることに対してのもの、今一つは「尻尾のある人間」に対してのものだ。この2つは前者がモラロジ-の根幹をなすものであるのに対して、後者は、モラロジ-講習会で語られたたわい無い雑談の類(たぐい)である。しかし、私にとっては2つとも心の奥につき刺さったトゲのように、忘れることができなかったものだ。

 「尻尾のある人間」については、私の知る限りでは詳しく説明されている文献がない。いくつか出されている『日本書記』の校注本、現代訳のいずれも、「有尾、有尾而」を、「尻尾のある人間」「尾ある人」としているだけで、疑問を呈してもいなければ、いかなる説明をも加えていない(注)。

 一人だけ、「有尾、有尾而」に疑問を抱いて説明しようとした人がいる。幸田露伴である。露伴は、小説を書くかたわら、日本文学・日本語に関する数多くの優れた随筆を残している文学者だ。
 軽妙洒脱な随筆の中で「有尾、有尾而」に触れ、「尾」を尻尾ではなく、「従者」であるとした。つまり、「有尾」を「従者を伴った」と解したのである。露伴の念頭にはあるいは、驥尾(きび。駿馬のしり。転じてすぐれた人物のあとをいう。廣漢和辞典 上巻)とか、尾騎(びき。後を追いかける騎馬。廣漢和辞典 下巻)などがあったのではないか。
 ただ、露伴の説には無理があるようだ。尋常ならざる漢籍の素養にひきづられた露伴の「深読み」ではないか。尚、「有尾」について考察している作品名は失念した。このたび改めて『露伴全集』(岩波書店)にあたってみたが、見出すことができなかった。

 現時点の私は次のように考えるに至っている。

 吉野の土着民はたしかに「尻尾」をつけていた。しかし、その「尻尾」は人間のものではなく、動物のものであった。動物の尻尾を切り取って身につけていたのではないか。考えうる動物はサル。山の民に霊力あるいは呪力を持つと信じられていたサルである。サルの尻尾を身に付けることによって、サルの霊力・呪力にあやかろうとしたのではないか。

 古来、猿は馬の病気・ケガを癒す霊力を持っていると信じられていたことから思いついた私の仮説である。

-(注) 同様の伝承を記した古事記に関しては、岩波文庫版「古事記」は、「生尾人」(をあるひと)について「尾のあるような格好に見えたのであろう」と注し、更に、近年刊行された角川ソフィア文庫・「新版古事記-現代語訳付き」は、「生尾人」を“をおふるひと”と読み下し、次のような注釈を付けている。

「木コリが尻当てとして垂らしている姿の表現かという。」
(この項つづく)

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 ここで一句。

”野暮用で出かけてくるという五歳” -東京、ホヤ栄-

(毎日新聞、平成27年2月5日付、仲畑流万能川柳より)

(ジジ・ババの御守り役。)

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