ソフトバンクの綱渡り

 卓越した職業会計人である細野祐二氏が、切れ味の鋭い企業分析を行っている。『ソフトバンク・孫正義社長の“わらしべ長者経営”の末路』と題する財務会計的解析(「ZAITEN」2011.4月号所収 )である。孫正義氏の経営手法のカラクリを一般の人にも分かり易く解説したものだ。

 実は筆者も、ソフトバンクが1兆7,000億円もの資金を投じてボーダフォンを買収したときに、過去5年間の同社の有価証券報告書を分析したことがあった。買収資金の全額をレバレッジド・バイアウト(LBO)方式で調達、つまり、自己資金ゼロで調達したというのに興味を抱き、ソフトバンクの実態を見てみようと思ったのである。

 決算書を見て驚いてしまった。会社がボロボロである。赤字のタレ流しだ。企業としての体(てい)をなしていない。

 このような会社が、新たに1兆7,000億円もの借金をしてボーダフォンを買収したというのであるから、正気の沙汰ではない。イチかバチかの大バクチである。

 ソフトバンクがボーダフォンを買収したのは平成18年4月27日。私はその一年前にホリエモン率いるライブドアのインチキに気がつき、その分析記事(「ホリエモンの錬金術」参照)を公表していた。
 フジTVの買収資金として調達された350億円は、怪しげな金融商品であるMSCB(転換価格修正条項付き転換社債型新株予約権付社債)によるものであった。それ以前に、ホリエモンが3,000億円の資金が用意できると豪語していたのは、ソフトバンクが手を出したと同じようなLBOを念頭においたものだ。
 MSCBといい、LBOといい、いずれも極めて危うい金融商品だ。堅気の経営者が安易に手を出すようなシロモノではない。いわば経営者にとっては麻薬のようなもの。手を出したが最後、よほどのことがない限り、自滅の道を転がり落ちるだけである。

 そのような危険な金融商品に孫正義氏が手をつけた。赤字タレ流しのボロボロの会社が、“麻薬”に手をつけたことから、ソフトバンク、あるいは孫正義という人物に対しての興味が急激に薄らぎ、すでに終えていた分析の結果を公表することをしなかった。
 このたびの細野氏の記事は、ソフトバンクが危険な“麻薬”を手にした後の経緯を、透徹した職業会計人の眼をもって追跡したものである。劇的な“業績の改善”がいかに会計的に演出されたのか、細野氏の分析は、一篇の短編推理小説の趣(おもむき)を呈している。見事である。

 細野氏の分析結果には反論の余地がない。事実だからである。このような事実が公表された現在、2兆7,000億円にも達する債権を有する金融機関はしかるべき対応を迫られるであろうし、ソフトバンクの会計監査人である監査法人トーマツも同様であろう。
 金融機関については、“ボコボコに付けられている”(細野氏による表現)財務制限条項とかパフォーマンス基準の発動が現実になる可能性があり、会計監査人については、間もなく始まる平成23年3月期の決算監査において、資金繰りの点から企業継続性(ゴーイング・コンサーン)の判断を迫られることになるであろう。

***【追記】
 「ソフトバンクの綱渡り-2」において、継続企業の前提に重要な疑義が存在する企業についてリストアップしました。(2011-03-15)

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 ここで一句。

“抱擁に見えるが妻の鯖折りだ” -ふじみ野、母ちゃん紙

 

“門外漢コメンテーター吼えまくり” -富里、石橋勤

“歌うのにヘソ出すことはないだろう” -坂戸、グランパ

(毎日新聞、平成23年3月7日付、仲畑流万能川柳より)

(日本は平和で幸せな国です。)

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