『疑惑のダム事業4,600億円』-八ッ場ダムの費用対効果(B/C)について -1
- 2009.11.10
- 山根治blog
***Ⅰ.はじめに
****(1) 八ッ場ダム事業の概要
昭和27年(1952年)に計画され、50年以上にわたって延々と続いてきた八ッ場ダム建設事業は、政官財の利権トライアングルを象徴する典型的な事例であり、その概要は次の通りである。
+総事業費4,600億円、残事業費1,383億円。但し、従来の経緯に鑑み、総事業費は更に1,000億円以上増加する見込み。
+目的・必要性
++洪水調節(利根川流域の洪水被害軽減)。
++流水の正常な機能の維持(吾妻川(名勝吾妻峡)の流況改善)。
++新規都市用水の供給(水道用水、工業用水(計22,209㎥/S)の供給)。
++発電(群馬県)。
+便益の主な根拠
++年平均浸水軽減戸数:964戸。
++年平均浸水軽減面積:40h。
+事業全体の投資効率性(B/C分析)
++総便益(B) 1兆 589億円。
++総費用(C) 3,072億円。
++費用対効果比率(B/C) 3.4。
+事業の効果
++利根川上流域の約1/4を占める吾妻川流域に建設する八ッ場ダムにより洪水被害を軽減。
++流水の正常な機能の維持により、名勝吾妻峡の流況を改善。
++八ッ場ダムにより、新たな水道用水、工業用水を供給。
++群馬県が最大出力11,700kwの発電を行う。
+事業の進捗状況(平成20年12月末時点の進捗率)
++用地取得(77%)、家屋移転(73%)。
++代替地造成(5地区で整備中、平成19年6月第一期分譲開始)。
++付替鉄道(83%)、付替国道・付替県道(59%)。
++ダム本体工事及び関連工事(仮排水トンネル施工中)。
以上は、平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目(以下、平成20年再評価という。※1)をベースに、若干の補足をした。
****(2) 公共事業におけるB/Cの位置付け
公共事業を新規に実施しようとする時、あるいは、継続中の公共事業をそのまま継続するか中止するかの判断をするにあたって、費用対効果(B/C、ビー・バイ・シー)の計算をすることが、政策評価法によって要請されており、B/Cの値が基準値(現在は1とされている)を超えることが公共事業の新規採択、あるいは事業継続の重要な要件、即ち、B/Cは公共事業を行う際の十分条件ではないまでも、必要条件とされている。
****(3) B/Cの具体的計算方法
国土交通省は、『公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針』(平成16年2月。*2)を策定し、これに基づいて、同省河川局は『治水経済調査マニュアル(案)』(平成17年4月、以下、マニュアルという。*3)を公表している。更には、このマニュアルを補足するものとして、『CVMを適用した河川環境整備事業の経済評価の指針(案)』(平成20年5月、以下、CVMマニュアルという。*4)が、「河川環境整備に関わるCVMを適用した経済評価検討会」から出されている。
八ッ場ダムのB/Cの値は3.4(平成20年再評価。*1、*5)。この値は、マニュアルとCVMマニュアルに基づいて計算されており、その計算プロセスと計算結果の詳細はネット上で開示されている(*6)。
以下、ネット上で開示されている計算プロセスと計算結果の妥当性について、認知会計、もしくは会計工学(*7)の観点から検討を加え、吟味する。
B/CはB(便益)をC(費用)で割った値であるが、C(費用)に関してはB(便益)と比較してさほど大きなゴマカシが見当たらないことから、ここでは専らB(便益)に焦点を当てて検討することとする。
B(便益)は、マニュアルによって洪水被害軽減額であると定義されており、次のような手順によって、洪水被害額(予測)と洪水被害軽減額(予測)が計算され、それをもとにして年平均被害軽減期待額、及び総便益が計算されている。
+まず八ッ場ダムにかかる12の氾濫ブロックを設定する。利根川流域9ブロック(左岸6ブロック、右岸3ブロック)、江戸川流域左岸3ブロックである(表1)。想定氾濫ブロックの総面積は、1,286k㎡(平均値)。
+検討対象とされた過去49の洪水のうち、代表的な10の洪水を選定する(表2)。
+2.の代表的な洪水について、流量規模の7つのパターン(表3)を想定し、八ッ場ダム有り無しの氾濫予測計算を行い、それをもとにして、洪水被害額(B1の便益)を算定する(表4)。
+3.で計算された10の洪水についてその平均値を算定する。
+4.で算定された平均被害額をもとに、洪水被害軽減額を計算。
+5.で算定された洪水被害軽減額をもとにして、八ッ場ダムの年平均被害軽減期待額(B2の便益)を計算。
+ダム完成後50年間のB2の総便益(B3の便益)を計算。還元率は4%。
3.の「B1の便益」、6.の「B2の便益」、7.の「B3の便益」については、『粉飾された2兆円 -7』(※8)参照のこと。八ッ場ダムのB1の便益は(表4)の通りであり、B2の便益は643億円、B3の便益は1兆589億円である。
***資料: (表1)八ッ場ダムにかかる12の氾濫ブロック
<%image(20091110-aa.png|730|363|八ッ場ダムにかかる12の氾濫ブロック)%>
^^t
^cx^ブロック名
^cx^区間
^cx^破堤点
^^
^A
^利根川左岸:広瀬川合流点~渡良瀬川合流点
^左岸151.5km
^^
^B
^利根川左岸:渡良瀬川合流点~鬼怒川合流点
^左岸132.0km
^^
^C
^利根川左岸:鬼怒川合流点~小貝川合流点
^左岸82.5km
^^
^D1
^利根川左岸:小貝川合流点~常盤利根川合流点
^左岸78.0km
^^
^D2
^利根川左岸:広瀬川合流点~渡良瀬川合流点
^無堤のため越水のみ
^^
^E
^利根川右岸:烏川合流点~江戸川分派点
^右岸136.0km (148.5km 注1)
^^
^F1
^江戸川左岸:江戸川河口~14.5km山付部
^江戸川左岸12.5km
^^
^F2
^江戸川左岸:14.5km山付部~利根川運河合流点
^江戸川左岸26.0km
^^
^F3
^江戸川左岸:利根川運河合流点~江戸川分派点
^江戸川左岸58.5km
^^
^G
^利根川右岸:利根運河~利根川河口
^右岸76.0km
^^
^H
^利根川右岸:前橋付近~広瀬川合流点
^左岸190.0km
^^
^I
^利根川右岸:前橋付近~烏川合流点
^右岸190.0km
^^/
-(注1)右岸148.5kmは中小規模で設定した破堤点(首都圏氾濫区域堤防強化を見込んだことによる)
※『平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目:費用便益分析に関するバックデータ』国土交通省の様式-1、及び、『八ッ場ダム建設事業の費用便益比計算の問題点について(その2)別紙B-1』八ッ場あしたの会より作成
***資料: (表2)B/Cのシミュレーションに用いられた過去の代表的な10の洪水
^^t
^cx^No.
^cx^年月日
^cx^被害額(注1)
^cx^平成20年換算被害額(注2)
^cx^備考
^^
^1
^S16.7.19
^rr^403億5,500万円
^rr^552億5,700万円
^
^^
^2
^S22.9.13
^rr^2,776億1,300万円
^rr^3,801億2,600万円
^カスリーン台風
^^
^3
^S23.9.14
^rr^778億9,000万円
^rr^1,066億5,200万円
^アイオン台風
^^
^4
^S24.8.29
^rr^559億8,400万円
^rr^766億5,700万円
^キティ台風
^^
^5
^S33.9.16
^rr^486億4,400万円
^rr^666億 600万円
^台風22号(狩野川台風)
^^
^6
^S34.8.12
^rr^304億2,500万円
^rr^416億6,000万円
^台風7号
^^
^7
^S56.8.21
^rr^182億8,000万円
^rr^203億2,800万円
^台風15号
^^
^8
^S57.7.31
^rr^179億7,400万円
^rr^195億7,400万円
^台風10号
^^
^9
^S57.9.10
^rr^69億2,000万円
^rr^75億3,600万円
^台風18号
^^
^10
^H10.9.14
^rr^(不明)
^rr^(不明)
^台風5号
^^/
-(注1)No.1~6の被害額は昭和51年換算額、No.7~10の被害額は実被害額。それぞれ『利根川ものがたり/改修の巻』国土交通省関東地方整備局利根川下流河川事務所より抜粋。
-(注2)平成20年換算被害額は、『各種資産評価単価およびデフレータ』(平成21年2月改正)国土交通省河川局河川計画課の「第12 表 総合物価指数(水害被害額デフレーター)」より算出。
*『平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目:費用便益分析に関するバックデータ』国土交通省、及び、『利根川ものがたり/改修の巻』国土交通省関東地方整備局利根川下流河川事務所、『各種資産評価単価およびデフレータ』(平成21年2月改正)国土交通省河川局河川計画課より作成
***資料: (表3)流量規模によって7つのパターンを想定
^^t
^cx^No.
^cx^流量規模
^cx^備考
^^
^1
^1/3
^3年に一度の確率で起る洪水に相当する流量
^^
^2
^1/5
^5年に一度の確率で起る洪水に相当する流量
^^
^3
^1/10
^10年に一度の確率で起る洪水に相当する流量
^^
^4
^1/30
^30年に一度の確率で起る洪水に相当する流量
^^
^5
^1/50
^50年に一度の確率で起る洪水に相当する流量
^^
^6
^1/100
^100年に一度の確率で起る洪水に相当する流量
^^
^7
^1/200
^200年に一度の確率で起る洪水に相当する流量
^^/
※『平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目:費用便益分析に関するバックデータ』国土交通省より作成
***資料: (表4)八ッ場ダム建設事業再評価被害額 (※過去の代表的な10の洪水の平均値)
****A.事業を実施しない場合 (単位:百万円)
^^t
^cx^
^cx^1/3
^cx^1/5
^cx^1/10
^cx^1/30
^cx^1/50
^cx^1/100
^cx^1/200
^^
^A
^rr^0
^rr^0
^rr^299,992
^rr^1,511,723
^rr^1,727,965
^rr^2,022,197
^rr^2,305,314
^^
^B
^rr^0
^rr^129,476
^rr^1,319,248
^rr^2,459,296
^rr^2,879,325
^rr^3,392,280
^rr^3,856,834
^^
^C
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^513,074
^rr^795,784
^rr^1,045,389
^rr^1,210,070
^^
^D-1
^rr^22,384
^rr^145,094
^rr^345,823
^rr^534,592
^rr^613,695
^rr^744,819
^rr^854,731
^^
^D-2
^rr^683
^rr^2,732
^rr^8,917
^rr^23,244
^rr^39,931
^rr^64,366
^rr^92,369
^^
^E
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^8,023,062
^rr^16,260,188
^rr^32,310,879
^rr^43,117,568
^^
^F1
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^329,392
^rr^1,216,893
^rr^2,194,621
^^
^F2
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^2,385,717
^rr^3,077,508
^rr^3,664,557
^rr^4,154,444
^^
^F3
^rr^13,814
^rr^151,821
^rr^356,631
^rr^618,686
^rr^733,347
^rr^905,309
^rr^1,131,040
^^
^G
^rr^13,438
^rr^87,856
^rr^197,424
^rr^380,252
^rr^484,051
^rr^656,159
^rr^835,889
^^
^H
^rr^0
^rr^0
^rr^32,109
^rr^238,860
^rr^307,420
^rr^386,786
^rr^448,764
^^
^I
^rr^0
^rr^0
^rr^12,612
^rr^94,035
^rr^120,127
^rr^143,905
^rr^162,938
^^
^cc^合計
^rr^50,319
^rr^516,979
^rr^2,572,756
^rr^16,782,541
^rr^27,368,733
^rr^46,553,539
^rr^60,364,582
^^/
****B.事業を実施した場合 (単位:百万円)
^^t
^cx^
^cx^1/3
^cx^1/5
^cx^1/10
^cx^1/30
^cx^1/50
^cx^1/100
^cx^1/200
^^
^A
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^1,390,404
^rr^1,642,084
^rr^1,943,416
^rr^2,239,483
^^
^B
^rr^0
^rr^123,899
^rr^1,237,616
^rr^2,326,807
^rr^2,742,557
^rr^3,286,291
^rr^3,772,620
^^
^C
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^418,547
^rr^665,860
^rr^1,020,731
^rr^1,189,998
^^
^D-1
^rr^21,964
^rr^137,207
^rr^307,093
^rr^524,512
^rr^602,815
^rr^731,117
^rr^840,902
^^
^D-2
^rr^629
^rr^2,365
^rr^8,132
^rr^21,702
^rr^37,125
^rr^62,264
^rr^88,229
^^
^E
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^6,088,277
^rr^12,057,683
^rr^27,161,682
^rr^40,676,149
^^
^F1
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^153,420
^rr^1,149,961
^rr^1,948,535
^^
^F2
^rr^0
^rr^0
^rr^0
^rr^1,891,934
^rr^2,917,611
^rr^3,567,581
^rr^4,064,796
^^
^F3
^rr^13,748
^rr^135,527
^rr^333,944
^rr^592,317
^rr^704,921
^rr^878,211
^rr^1,099,952
^^
^G
^rr^13,419
^rr^84,335
^rr^171,082
^rr^367,641
^rr^468,400
^rr^639,007
^rr^809,183
^^
^H
^rr^0
^rr^0
^rr^1,007
^rr^158,323
^rr^242,735
^rr^335,470
^rr^406,315
^^
^I
^rr^0
^rr^0
^rr^1,664
^rr^61,622
^rr^95,681
^rr^127,362
^rr^150,469
^^
^cc^合計
^rr^49,760
^rr^483,333
^rr^2,060,538
^rr^13,842,086
^rr^22,330,892
^rr^40,903,093
^rr^57,286,631
^^/
****C.事業を実施しない場合と事業を実施した場合の開差 (単位:百万円)
^^t
^cx^流量規模
^cx^1/3
^cx^1/5
^cx^1/10
^cx^1/30
^cx^1/50
^cx^1/100
^cx^1/200
^^
^cc^開差
^rr^559
^rr^33,646
^rr^512,218
^rr^2,940,455
^rr^5,037,841
^rr^5,650,446
^rr^3,077,951
^^/
※『平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目:費用便益分析に関するバックデータ』国土交通省の様式-3より作成
***<出典>
*1 『平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目』国土交通省
http://www.mlit.go.jp/tec/hyouka/public/jghks/karute/08210683013.htm
*2 『公共事業評価の費用便益分析に関する技術指針』(平成16年2月)国土交通省
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/13/130206_.html
*3 『治水経済調査マニュアル(案)』(平成17年4月)国土交通省
http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/seisaku_hyouka/gaiyou/hyouka/h1704/chisui.pdf
*4 『CVMを適用した河川環境整備事業の経済評価の指針(案)』(平成20年5月)国土交通省
http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/seisaku_hyouka/gaiyou/hyouka/h2005/cvm.pdf
*5 『平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目:事業評価監視委員会公開資料』国土交通省
http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/office2/jigyohyoka/pdf/h20/03siryo/siryo1-2.pdf
*6 『平成20年度八ッ場ダム建設事業再評価-4回目:費用便益分析に関するバックデータ』国土交通省
http://www.mlit.go.jp/tec/hyouka/public/jghks/karute/backdata/bkDT08210683013.htm
*7 『会計工学ことはじめ』山根治blog
http://forest-consultants.com/item/939
*8 『粉飾された2兆円 -7』山根治blog
http://forest-consultants.com/item/902
―― ―― ―― ―― ――
ここで一句。
(もともと無かったりして。)
-
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