100年に1度のチャンス -号外2
- 2009.03.10
- 山根治blog
今から50年ほど前、GDPの問題点について鋭く指摘したジャーナリストがいました。朝日新聞の論説主幹として健筆を揮(ふる)った笠信太郎(りゅう しんたろう)氏です。戦後の高度成長期に突入していた日本経済の危(あや)うさを、落語の“花見酒”にたとえて「花見酒の経済」と評し、その破綻を警告した論客として有名です。お亡くなりになってから40年、極めて分かり易い語り口で、他からの借りものではない自らの言葉で語りかけた先達(せんだつ)を偲んで、GDP、あるいは経済の成長率に言及された件(くだり)を引用することにいたします。
一つの指標に過ぎぬ成長率
経済成長とか成長率とかいう考え方は、国民の総生産がどれだけ伸びてゆきつつあるかという、いわば経済が動いてゆく結果を、主たる関心事としているのである。その国民総生産というのは、国民全体として、年間に生産する総産出額である。その中には、工場から出てくる「物」ばかりでなく、いろいろのサービスも、手数料も、運送料も、ホテル代も、道路の建設も、パチンコの機械も、はいっているというわけである。この国民総生産の集計が去年はいくら、今年はいくら、というのが、経済成長を示すものだとされている。昭和三十五年はそれが十三兆九千億円、三十六年は十五兆三千億円といったわけで、この伸び率が、最近では経済の国際的な比較検討の材料に使われたりすることは、ご承知の通り。
そこで、少し荒っぽく言ってみれば、これは一つの国の経済のある一面を測定することのできる指標と見るべきであって、それはむろん重要な表示ではあっても、それがこの国の経済の中身を満遍なくあらわしているとはいえないのである。いわんや、どういう条件で、どういうプロセスで、どういう入り込んだ経済の仕組を通して、この総生産が出てくるかというような、一国の経済の体質的な内容などは、ここでは、ほとんど問題にされてはいない。消費財や生産財の割合がどうであるかとか、第二次産業と第三次産業との数量的関係であるとか、そういうものが、どういう有機的な結びつきをもち、それがどういう循環をやってゆくならば、国民総生産が高まるか、あるいは健全に進められるか、といったいわば経済の内部構造に関する理論というようなものは、この経済成長といういま流行の考え方そのものの中には、本来、はいってはいないのである。
またこの国民総生産の消長が、通貨とか、信用とか、あるいは通貨政策や貨幣制度というような経済の他の面と、どういうふうに関係しあっているか、というようなこともその考え方の中には、理論上のつながりは何もついてはいないのである。
もっとも、本年度の設備投資の額と来年度の国民総生産の増加分とが、一定の比率を持つか持たぬかというようなことが、論争されたりしているが、それも最近の数年間の経験的な事実を問題とすることができるだけのことで、ここに私が言っているような、理論的な関係をつかんだものでも何でもない。
50年前のこの論考が今なお新鮮味を失わないのは、現在の経済学が依然として、外国からの借り物の域を出るものではなく、理論らしきものの寄せ集めでしかないことを雄弁に物語っています。
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ここで一句。
(“新茶の茶壷(ちゃつぼ)よなう 入れての後(のち)は こちゃ知らぬ こちゃ知らぬ”-閑吟集より。 -若いあの子は 新茶の茶壷、入れたからにはこちゃ(古茶)知らぬ。)
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