江戸時代の会計士 -10
- 2005.10.18
- 山根治blog
恩田木工は、次の3つの提案に移っていきます。この3つの提案は、前の4つの提案とは異なり、領民にとって一方的に有利なものではなく、それに対応する“無心”とセットになっているものでした。
木工はまず、年貢の先払いをしている者達に向って、何故年貢の先払いなどしたのかと問いかけ、
(年貢の先払いをすれば、何か暮し向きにいいことでもあって先払いしているのであるか、どうか。)
と更に踏み込んで問い質します。
領民は木工の問いに対して、とんでもないとばかりに、
(いやいや、役人様より言いつけられますものですから、迷惑千万とは思いながらも、仕方なく先払いしている次第です。)
と答えるのでした。
これに対して、恩田木工は、領民だけでなく先納を強いた役人まで頭ごなしに叱りつけます。
さて又、百姓共が心よく出せばとて、役人が先納・先々納まで取上ぐると言ふ事があるものか。甚だ無慈悲なる致し方なり。公儀にあるまじきことなり。この段は大暗鈍(おおたわけ)ともいふべきなり、役人は無慈悲なり。“
(そうは言うが、たとい役人が申しつけたにせよ、当年の年貢以外は出さないとしたものだ。一年分の先払いさえ過ぎたことなのに、二年先の年貢まで納めるということがあるものか。お前達はとんでもない「たわけ者」だ。
さて又、百姓達が言われたままに出すからといって、役人としては、一年先、二年先の年貢まで取りたてるということがあるものか。情け容赦のないやり方だ。おおやけの立場からすればあってはならないことだ。この点「大たわけ」とも言うべきで役人共は無慈悲である。)
木工はこのように領民に対しては「暗鈍者(たわけもの)」と言って叱りつけ、一方では役人に対して更に語気を強めて「大暗鈍(おおたわけ)」と叱りつけた上で、「無慈悲なり」と決めつけています。領民以上に役人を叱りつけているんですね。木工はこのあとの2つの提案に関しても、同じように双方を叱りつけながらも、役人の方により厳しい言葉を投げつけています。領民としては、常日頃横暴な仕打を受け、苦々しく思っている役人達が自分達以上に眼の前で上司である木工に叱りつけられているのですから、さぞかし溜飲の下がる思いがしたことでしょう。領民の心を掌握しようとしている政治家としての恩田木工の姿がここに見受けられます。
木工は領民・役人とも叱りつけた上で、一転して、次の言葉を発するのです。
(このように言うのは、皆これ理屈というものだ。)
理屈としては確かにけしからぬことではあるが、しかし、現実を踏まえた上で見方を考えてみれば、双方ともやむをえない事情があったとして、木工は双方を逆に誉め上げるのです。
(このように理屈としてはどうにでも言えることだ。しかし、藩の財政が苦しいために、仕方なく百姓から先払いしてもらわなければ、やりくりがつかないことから、役人としても二年分もの先払いを申しつけたものだ。これは役人の無慈悲ということではなく、やむをえないご奉公というものである。
百姓達も、一年先、二年先の年貢まで納めたというのも、藩の財政が苦しく、藩のふところ具合をよく知っているために、迷惑とは思いながらも役人達が自らのふところに入れるのではないことを承知した上で、一年先、二年先の年貢を納めたものだ。
そうだとすれば、お前達はなんとも実直な者達であり、そのように実直な御領民をお持ちになっている殿様こそ、申し分のないお幸せというべきである。それにも拘らず、藩の財政状態がよくならないというのは、なんとも困ったことである。)
木工は厳しく叱責したあとで、「このようには言うものの、それはみな理屈というものだ」と発言し、一転して領民・役人双方を誉め上げるのです。ここでも、「左様なる淳直なる御百姓を持ちなされ候殿様こそ、結構なるご果報」と、領民の方をより強く誉めちぎっています。
厳しく叱りつけたあとで、同じことがらについて見方を変えれば賞賛にあたる行為であるとして誉め上げた上で、恩田木工は第五の提案を切り出します。
(今後は、二年先の年貢は勿論のこと、当年分の年貢のほかは、一年先の年貢の先払いさえ申しつけることはしないこととする。そのように心得ていただきたい。)
―― ―― ―― ―― ――
ここで一句。
(両手を挙げて見得を切り、カッと目を瞠る歌舞伎役者のようですね。)
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