江戸時代の会計士 -5

恩田木工、妻は離別するのをやめたのですが、今度は子供たち(このとき三男二女がいました)に向かって、“さて子供は何処(いずこ)なりとも立退け。路銀(ろぎん)は相当に遣すべし。”
(さて、子供たちはどこへでもいいから立去るように。それなりのお金は持たせよう。)と、改めて言い放ちます。

5人の子供たちは、揃って懇願します、-

“私共も虚(うそ)は申すまじく候。食事も飯と汁より外は給(た)べ申すまじく候。木綿着物を着申すべく候間、勘当御免下さるべし。”
(私たちも決してウソは申しません。食事も飯と汁より他のものは食べません。木綿の着物を着ますので、どうか勘当だけはお許し下さい。)
“いよいよ左様に候や。”
(確かにその通りであるか。)

と、木工。

“なるほど、誓詞にて御座候。”
(はい、誓って間違いございません。)

と、子供たち。

妻と同様に、子供たちのたっての願いを叶えることにした木工は、

“然らば、是まで通りにして置くべし。”
(それならば、これまで通り家にいてもよろしい。)

と、応ずるのでした。

妻と子供たちは片をつけましたので、今度は、家来たちに向って改めて言い渡します、-

“家来ども、残らず立出で申すべく候。”
(家来たち、一人残らず立去るがよい。)

これを受けた家来達一同も、木工に対して必死に嘆願します、-

“私共も虚言は申すまじく候。御飯と御汁よりほか給べ申すまじく候。何卒このまま差置かれ下され候様に願ひ奉り候。”
(私達も決してウソは申しません。ご飯と汁物よりほかのものは食べません。なにとぞ、このまま家来としてお召しかかえ下さいますようにお願い申し上げます。)

家臣一同の懇請と決意を聴き、木工は家臣のたっての願いを了承します、-

“手前申す通り相慎み候はば、召しつかひ申すべく候。其方共暇を出し候とも、外に抱へねばならぬ人なり。これに依って、給金はこれまで通り遣(つかわ)すべく候間、奉公大切に相勤むべく候。“
(私が申し渡した通り、身を慎むということならば、引き続き召し抱えよう。その方たちに暇を出すといっても、代わりの者を召し抱えねばならぬ。よって、給料は今まで通り支給するので、心して勤めを続けるように。)

これに対して、家来たちは、自発的に給料の返上を申し出ます、-

“いや、御給金は御貰ひ申すに及ばず候。食物さへ下され候へば、衣類は所持仕(つかまつ)り候。切れ候節、旦那様の古着なりとも拝領仕り候て着申すべく候。さ候へば、御給金の儀は頂戴仕るまじく候。”
(いえいえ、御給料は結構でございます。食べ物さえいただければ、着物は持っているもので間に合います。着物がすり切れてしまいましたら、その時は旦那様の使い古しなりともお下げ渡しいただき、着用いたします。そのような次第でございますので、御給料の件は辞退申し上げます。)

ここから先の恩田木工の返答は、他に類を見ないほどのもので、いわば“殺し文句”の見本とでも言えるでしょう、-

“いやとよ、われは知行(ちぎょう)千石頂戴する事なれば、飯と汁よりほか給(た)べざる故、何も入用(いりよう)なければ、家来共へ給金取らせ、家内の入用差引き、相残らば御上(おかみ)へ差上ぐるよりほか入用なし。其方共は妻子を養ふものなれば、給金は遣すべく候間、左様に相心得申すべし。”
(なにを言っているのだ。私は殿様から千石もの禄をいただいている。飯と汁しか食べないと決めたので他に使う道がない。家来たちに給料を支払い、家内うちの費用を差し引いて、それでも残るのであれば、余ったものは殿様にお返しするしかないではないか。その方たちは妻子を養わねばならないのであるから、給料は今まで通り支給するので、そのように承知するように。)

主人からこのような言い回しをされた家臣たちは感激のあまり、

“重々(じゅうじゅう)有難き仕合に存じ奉り候。”
(かえすがえすもありがたいことでございます。)

と、心から納得したのでした。

妻、子供、家来ときて、残るのは親類縁者です。木工は、改めて申し渡します。

“さて親類中は、いよいよ義絶なされ下さるべく候。”
(さて、親類の方々は、間違いなく親族の関係をお絶ち下さいますように。)

親類一同申すには、-

“いや拙者共も虚言は申すまじく候。惣(そう)じて家内も、朝夕給べ物も、貴所様(きしょさま)御家の通りに致すべく候。”
(いや、私共もウソは言わないことにいたします。全般に身の回りを慎み、朝夕の食べ物も、あなた様の御家の通り質素に致したいと存じます。)

恩田木工は、-

“いや、各方(おのおのかた)御家内の儀は御勝手になさるべく候。各方虚言さへ御止(や)めなされ候へば、手前の邪魔になる筋はこれなき間、義絶には及び申さず候。”
(いやいや、皆様方の家内うちのことについては、どうぞご自由になさって下さい。皆さんが、ウソさえ言われなければ、私の仕事に差しつかえることはありませんので、親族の関係を絶つ必要はありません。)

親族一同、-

“それは忝(かたじけな)く存じ奉り候。と各(おのおの)挨拶して、親類中も帰られ候事。”
(それは誠にありがたいことでございます、と、木工に一人一人挨拶し、親類一同お帰りになったことだ。)

「日暮硯」の筆者は、

“右の通り、江戸より帰国すると直(ただち)に家内ならびに自分の親類を最初堅(かた)められしは、前代未聞の賢人なり。”

と、恩田木工を絶賛し、次のステップとして、真田家中への申し渡しを経て、クライマックスともいうべき、領民との対話に移っていきます。

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ここで一句。

“参拝の公約だけはよく守る” -さいたま、影無。

 

(毎日新聞:平成17年7月2日号より)

(公約が膏薬だってなぜ悪い、-居直り政治家。コーヤクを貼ってみたり剥がしたり、融通無碍のスローガン。)

 

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