083 ドイツの判例・粗製ガソリン脱税事件・手形パクリ事件

*五、 「ドイツの判例」

「一つ、ドイツの判例を教えてあげよう。トルコからの移民の男が妻を殺した。妻が他の男と浮気をしたんだね。トルコでは夫が妻の浮気の現場をおさえて制裁のために妻を殺したとしても、何ら罪に問われることはない。こんな女、殺して当然だと思って本当に殺してしまった。ところが、ドイツの裁判所はその男のことを有罪としたんだ。

いくら自分では罪がないと思っていても罰せられることがある訳だ。山根の場合も同じだ。
たとえば、リクルート事件がそうだ。NTTの真藤にせよ、代議士の藤波にせよ、本人には全く罪の意識がなかったようだ。しかし、罪に問われているんだな。もっとも第一審では真藤は有罪、藤波は無罪だったがね。ただ、藤波の無罪判決は、検察内部ではえらく評判が悪いものだったね。いくら裁判では無罪でも、政治家としては二度と再び立ち上がることはできないだろうな。
広島地検でのことなんだが、広島県内では名の知れた農協の組合長を背任であげたことがあった。2千万円程の資金流用だった。この組合長はもともと資産家で、不動産のほかに、億単位の預貯金を持っていた。だから、使い込みする気持ちなんて全くなく、すぐに返せばいい位の軽い気持ちで組合の金に手をつけた訳だ。本人には罪の意識などまるでない。
「何で逮捕する前に私に一言いってくれなかったんだ。すぐに2千万円を組合に返すから、なんとか許してくれないか。」と私に泣き言を入れてきたが、後の祭りだ。キッチリと事件にして、起訴してやったね。
ま、このように、自分では全く罪の意識がなくても罪に問われることが往々にしてあるわけだ。山根の場合も同じだよ。」

平成8年3月5日、午前10時10分から同11時まで、松原三朗弁護人との接見があった。私にはドイツの判例の話がよく理解できなかったので、松原弁護人にぶつけてみた。
「ドイツの殺人の例は、法律の錯誤の問題で、山根の場合とは全く関係がない。検事のいいかげんな話に惑わされないように。」
これが松原弁護人のコメントであった。

*****六、 「粗製ガソリン脱税事件」
「ついこの間扱った事件なんだがね。粗製ガソリンを密造しては税金をごまかして、しこたま儲けた一味が一網打尽になった。名古屋とか大阪にも拠点を置いて、かなり手広く荒稼ぎしていたようだ。中心メンバーが五人逮捕されて、その内の一人がオレのところに連れてこられた。
この男、警察の捜査段階では、ちゃんと罪を認めていたくせに、オレの前に出たら、供述を翻し、否認に転じ、知らぬ存ぜぬの一点張りとなった。
否認などしていると当然保釈は認められない。すでに起訴されて4ヶ月にもなるが、保釈されていない。当分駄目だろうな。他の4人は素直に白状して認めたから、起訴と同時に保釈さ。いくら意地を張ってみてもどうしようもないのに、馬鹿な男だ。
山根の場合も同じことだ。信念をもって全面否認をしているようだが、否認している限り、いくらたっても保釈はされないだろうな。
早くシャバに出て、身辺整理をしたほうがよくないか。冷静に考えたらずっと賢明だと思うよ。
オレの前でとりあえずいったんは認めておいて、法廷で実際のことを堂々としゃべればいいではないか。判断は裁判官がすることだし、その裁判官の前で、オレが作った供述調書を否認して、真実をしゃべれば済むことだ。
早く保釈されてシャバに出たければ、ここでとりあえず認めたことにするんだな。悪いことは言わないよ。」

日本の裁判制度において、検面調書がいったん出来上がり、それが法廷に証拠として提出されると、よほどのことがない限り、覆されることはない。いわば検面調書の特信性については知悉していたので、私は敢えて反論せず、中島の饒舌を聞き流した。

*****七、 「手形パクリ事件」
「山根のところから押収したものの中から、面白いものが出てきたが、この手形パクリ事件って一体何なんだ。
なんだって、会計士の守秘義務があるから話すことはできない?ま、いいだろう。
でも、あんたの作成した調査報告書は読ませてもらったよ。なんせ押収品だからな。ここに出てくるT弁護士ってのはオレもいささか知っているんだ。検察のOBだからな。
Tが検事として東京地検の特捜部にいたときのことだった。九州のK町の町長が多額の使途不明金を出したことがあった。この事件の主任検事となったTは、上司の許可を得ないで部下の検事をひきつれて、K町に乗り込んだ。このとき福岡空港で週刊誌の記者にバッチリと写真に撮られ、スキャンダラスに大きく報道されることになった。
このことが一つのきっかけとなって、Tは検察をやめたってわけだ。弁護士になったTは、もっぱら闇世界がらみの仕事を手がけ、そのためだろうな、Tの稼ぎは弁護士としては断トツだ。
それにしても、山根はよくここまで調べ上げたな。感心するよ。これだけでも立件できるんじゃないか。
なに?そんなことしたら藪へびだって?・・・フーン、M地検の検事正がからんでいるのか。そんなら無闇にいじくることはできないな。」

昭和16年生まれのM地検の元検事正は、現在は退官し広島で弁護士事務所を開いている。
自家用ヘリコプターを乗り回すほど羽振りのよかったヤメ検のT弁護士は、その後大型詐欺事件の共犯者として逮捕され、公判中である。

 

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