A06 ハニックス工業 事件の真相 6

***(5)倒産の真相についての疑念

 ハニックス工業の倒産の主たる原因は、一般に信じられてきたように、果して会社の業績悪化と粉飾決算であったのか、会社に対する東京国税局の脱税告発とその公表は、果して正当なものであったのか、社長の抗議の自決について国税当局は、果して責任が全くないと言い切れるのか、 ― これらの疑念が、日が経つにつれて私の心の中に大きくふくらんできたのである。

 

 世間は、マルサの告発を何ら疑うことなく100%正しいものと受けとめた。しかし、その告発そのものが間違っていたとしたらどうなのか、私のケースのように、マルサが火のないところに煙を立てて罪を創り上げたものであったとしたらどうなのか、倒産の真相は全く異なったものになるであろう。

 

 冤罪で人生を棒にふった人は戦後だけでもかなりの数にのぼる。

 ただ一般に、冤罪が問題とされる場合に、殺人とか強盗殺人といった一般刑法上の罪のケースがほとんどであり、商法、証券取引法、公正取引法、あるいは税法等に規定する特殊刑法上の罪のケースはほとんど見当たらない。

 とくに税法に規定する刑事罰である逋脱(脱税)の罪に関していえば、冤罪の問題が表面化したのは現在まで皆無であった。

 

 その理由として考えられるのは、 ―



 第一に、脱税の嫌疑者としてマルサに告発され、被疑者として検察に取調べを受け、更に容疑者として検察に立件起訴された者が、たとえ脱税などしていない、自分は無実だ、といくら叫んでもその声が聞き届けられることが決してなかったことだ。

 こと、税法と企業会計の実務に関していえば、法曹三者といわれる裁判官、検察官、弁護士がほとんど無知であることに加え、本来なら不正な法の執行に対しては常に批判的なチェック機能が期待されているマスコミも同様にそれらに無知であることから、マルサがひとたび脱税の烙印を押せば、途中で何ら修正されることなく有罪の判決までエスカレーター式に流れていき、その全てのプロセスに対して、批判能力の欠如したマスコミは、当局の発表をそのまま正しいものとして世間に流しているのが現状である。このような中にあって、声をからして冤罪を叫んでも誰もとりあげようとはしない。



 先に引用した週刊新潮の記事(平成6年1月13日号)は、ハニックス工業と自決した社長に対しては同情しつつも、国税当局の告発自体は間違ってはいなかったという前提に立っている。同誌のワイド特集、「人間沈没」の中のこの記事は『東京国税局で割腹自殺した社長の「脱税大義」』と題されており、盗っ人にも三分の理、と言わんばかりである。



 第二に、告発するマルサに対する誤った信頼感である。法曹三者のみならず、マスコミも、あるいは大多数の国民までもが、マルサが脱税と認定して告発した以上、脱税は動かし難い事実として受けとめてしまう現実がある。

 国税庁が毎年出している「ザ・マルサ」と題するパンフレットは、「脱税は社会公共の敵!!」と位置づけ、「脱税を摘発するために国税査察官は日夜努力している」と記し、更に、「判決の状況」として有罪判決の割合が百パーセント(平成4年3月発行のパンフレット)であると胸を張り、国税が告発したら無罪になることはないと恫喝的にPRしている。

 このようなPRが効を奏していることもあって、マルサのいわば無謬神話が一般に信じられてきたのである。現在も、ハニックス工業が倒産した平成5年当時と、基本的に変っていない。

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