飯塚事件について -その5
- 2004.10.07
- 山根治blog
私の冤罪事件には数多くの公務員が関与しましたが、中心人物の一人はマルサの大木洋という人物です。
大木氏はマルサの現場の総司令官であり、自ら創作した冤罪のシナリオを最後まで訂正しようとはしませんでした。デッチ上げであることが明白になるような事実を知っていながら、私を巨額脱税犯に仕立て上げ、私を潰そうとしたのです。この点、飯塚事件における安井誠氏とよく似ています。
大木洋氏の肩書きは、当時は、広島国税局査察第四部門統括査察官でしたが、その後順当に昇進し、ノンキャリアとしては最高のポストである広島国税局調査査察部長まで昇りつめ、平成14年に退官し、現在は広島市で税理士事務所をかまえています。
大木氏は、国税当局から斡旋された多くの顧問先を抱え悠々自適の人生を送っているようです。
大木氏は、私より一つ年が若く、中学校、高等学校を私の住んでいる松江市で過ごしています。その当時は梅木洋といっていました。
大木(旧姓梅木)洋氏は、中学、高校の同級生の間では、出世頭といってもいい存在です。
私は、安井誠氏に対してと同様に、大木洋氏に対してもあれこれ論評するつもりはありません。大木氏は彼なりに自ら考えて、自らの人生を築いてきたに違いないからです。
ただ私は、周囲の親しい人たちには、大木洋氏のような生き方だけはして欲しくないと望むだけです。
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