遊仙窟について -その1

 空海の縁によって「遊仙窟」(張文成作、今村与志雄訳。岩波文庫)を読み返してみました。



 科挙に合格したエリート張文成が、赴任の途中で、深山幽谷に迷い込み、この世のものとは思えない桃源郷に足を踏み入れるところから物語は始まります。

 そこには、十娘(じゅうじょう)という名の仙女が、五嫂(ごそう)という名の兄嫁と数人の侍女と共に暮らしていました。



 十娘は16才、五嫂は19才。二人共未亡人で、夫亡き後一切の男を絶って女達だけの生活を送っています。

 十娘は絶世の美女、「城がつぶれ、国がつぶれるほどの美しさだ(傾城復傾国)」。

 宮殿ともいえる華麗な住まいに案内された文成は、二人の仙女との間に機知に富んだ会話を、詩によって交わします。妙なる音楽が奏でられ、山海の珍味が供され、文成は夢見心地になってしまいます。



 クライマックスは、現代の官能小説を思わせる描写によってもたらされます。”紅い褌(したぎ)に手をさしいれ、翠(みどり)の被(うわがけ)に脚をまじえた。二つの唇を口にあてて、片臂(うで)で頭をささえ、乳房のところをつかみ、内腿(うちもも)のあたりを撫でさすった。口を吸うたびに快感がはしり、抱きしめるたびにうれしさがこみあげた。鼻がつんと痺(しび)れ、胸がつまった。しばらくして、眼がちらつき、耳がほてり、血管がふくらみ、筋がゆるんだ。わずかの間に、数回もあい接したのである。” 若い時の空海は、どのような思いで「遊仙窟」を読んでいたのでしょうか。

 健全な男子であったに違いない空海が、女性に対して強い憧れを抱き、このような読物に沈潜するのはむしろ当然のことでしょう。

 ただ、これから先がわれわれ凡人と違います。空海は、女性に対する思いを邪念として切り捨てることなく、性欲を認容し、性愛を包摂した仏教体系を構築したのです。いわばエロスのエネルギーを肯定し、止揚したところに空海の独自の境地が生まれました。

 エロスのエネルギーの転換と昇華。これによって得られたパワーが、弘法大師としてあがめられる数多くの偉業を達成せしめた原動力の一つとなったと言えるでしょう。

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