参考資料2 手紙(平成11年6月)
- 2004.03.22
- 山根治blog
***2.手紙(平成11年6月)
※第1審判決後、800人程の人達に事情説明のために送付した手紙
冠省
逮捕されてから3年余りが経過いたしました。その間、私は、一部マスコミによって事実でないことが曲げて報道され、脱税を計画し、架空契約を納税者に指導して、巨額の脱税を実行した『悪徳会計士』、クライアントから脱税報酬として6億円もの金銭を受け取った『守銭奴』として、全国的に喧伝されてきました。また、23年前の開業当初より、私を目の敵にしている地元の某公認会計士によるタメにする私に対する中傷が執拗に流され、どれだけつらい思いをしたか量り知れません。
そのような中にあって、貴殿を始めとして親しくしていただいている方々に対して、私の苦しい胸の内をお話しし、真実を知っていただこうと考えたことが幾たびあったことでしょうか。
しかし私は、裁判の結果が出るまでは、私の発言は控えようと考え、言いたいこと、釈明したいことを敢えて我慢してきました。
第一審の判決が下された現在、私の側の真実を簡単にまとめ、今まで私を理解し支えて下さった方々にお伝えするのが私の債務であると考え、急ぎ取りまとめることにいたしました。
以下の「松江地裁の判決(平成11年5月13日付)について」は、このような背景のもとに作成されたものであり、ご一読下されば幸いでございます。
私は、この度の、ある意味では貴重ともいえる体験を生かして、私の天職である公認会計士及び税理士の職に、より一層邁進していこうと考えています。
マルサの洗礼を受けながらもそれをはね返して生き残った会計事務所は、全国的に他に例がありません。この経験をふまえて、特に国税当局の横暴かつ不当な仕打ちに苦しんでいる納税者、中でも年間全国で二百数十件あるといわれる査察(マルサ)に苦しめられている納税者とか、ミニマルサと称される年間二千数百件あるといわれる国税局資料調査課による調査(俗に料調といわれています)に悩んでいる納税者の良き相談相手になることができると自負しています。
尚、私が逮捕されてから、「山根会計事務所の顧問先が税務署に睨まれて、片っ端からいじめられる」という悪質なデマが、某公認会計士から地元にふれ回されました。
しかし、現在の私の事務所は300以上の顧問先を有していますが、関与先に関する税務調査の件数が私の逮捕以来、減りこそすれ、決して増えていないことに加え、税務当局の対応が今まで以上に非常に丁重になっており、税務当局と私の事務所との関係は、極めて紳士的な話し合いに終始しています。税務署が理不尽なことを言わなくなったというのが現状です。
私が開業以来二十数年一貫して、予告のない税務調査は断っていますし、仮に予告なしに突然押しかけてきた場合には、玄関先で帰ってもらうことにしています。何を調べているのか判らず、ただダラダラと長引く調査もお断りしています。税務職員の調査実績を上げるための過分な税金の追徴など、私の事務所の関与先に関する限りありえないことです。税務職員の増差競争(申告漏れとか不正をできるだけ多く見つけ出して、より多くの税金を追徴する税務当局内での競争のことです)に協力して、払わなくてもよい余分な税負担を納税者に強いている税理士が一部にいるようですが、私の事務所に関しては考えられないことです。税理士は本来納税者の代理人であり、税務署の手先ではないからです。
多くの税務職員の中には、国家権力を背景にしていることで思い上がり、傲岸不遜を絵にかいたような人物がいます。このような人物に対しては、日本国憲法で規定されている公僕としての公務員の立場を説明して、傲慢な態度を改めてもらうことにしています。
私のこのような税務当局に対する断固たる姿勢が、この度の裁判を通じて、税務当局に今まで以上に滲透していった結果、前述のように税務当局の対応が微妙に変化したのではないでしょうか。
近日中に私は、税務当局への苦情、あるいは税務当局とのトラブルを処理するための『税務対策全国連絡協議会(税対連)』を結成し、その窓口を通して、悩める納税者の声に耳を傾けるつもりでおります。
貴殿には、今まで私に寄せて下さいましたご厚誼に改めて感謝申し上げますと共に、今後共なにとぞよろしくおつきあい賜りたく、お願い申しあげる次第でございます。
平成11年6月
1. 平成11年5月13日、松江地裁は私ほか3名に対して、『本件』とも言うべき巨額脱税事件(仮装売買事件)については無罪とし、『別件』とも言うべき公正証書関連及び一部法人税法関連について、執行猶予付の有罪判決を言い渡しました。
2. 平成8年1月26日、私ほか3名は公正証書原本不実記載及び同行使の容疑で逮捕されました。事情がよくわからないまま、突然信じられないような罪名で逮捕されたわけで、明らかな別件逮捕でした。その後、2月に入ってから、『本件』である法人税法違反容疑で再逮捕されたわけですが、初めの逮捕以来、公正証書原本不実記載及び同行使容疑に関しては、全く形だけの取調べがなされただけで、ほとんどすべての時間を法人税法違反(巨額脱税事件)の取り調べに費やされたことからも明らかです。
逮捕の背景として、この2年4ヶ月ほど前の平成5年9月28日、広島国税局によって益田市畜産協同組合(以下、組合といいます)に対する査察(俗に言うマルサ)が開始され、納税者である組合の顧問であり、関与税理士であった私も取り調べを受けておりました。私達は脱税の言い掛かりを全面的に否認し、2年4ヶ月に亘って広島国税局と睨み合いを続けていたのです。
3. 逮捕されてから後の検察当局のやり方は凄まじいものでした。マルサによる取り調べも聞きしに勝るものでしたが、検察の取り調べはそれに輪をかけたひどいものでした。検察当局からはマスコミを通じて、あることないことが垂れ流しにされ、私は公認会計士にあるまじき大悪人に仕立て上げられていきました。一部のマスコミは、検事のリークをそのまま活字にして、私が6億円もの報酬を受け取って組合を食い物にしたとか、16億円余りの所得隠しを私が指導して行い、5億円以上の脱税に加担したとか、しかも、所得隠しを行うのにその手段として売買を仮装するように私が指導したとか、連日のように大々的に報道しました。
同業者である松江市の公認会計士X氏の悪意に満ちた談話が地元紙に載せられ、私に対する人格攻撃は熾烈を極めました。思えば、このX氏なる人物は私が23年前に松江市で開業した折に、私の仕事ができないようにするために、あの手この手で妨害し、見事なまでに苛めてくれた人物でした。
4. 国税に絡むこの事件は、広島国税局管内では近年にない大規模なものとされ(ちなみに、平成8年度の“脱税白書”の法人部門では脱税額で全国一位として紹介されています)、検察としても松江地検始まって以来の捜査体制をとったと言われています。松江地検では鳥取地検、大阪地検、広島地検等他の地検からの検事も動員して、11人の検事がこの事件にあたるという、異例とも言うべき捜査体制がとられたのです。検事達は、私と組合の人達に対して売買が仮装であったことを認めるように、脅したり、すかしたり、騙したり、あらゆる手段をもって迫ってきました。
私を取り調べた中島行博という検事は、「仮装売買を認めないならば、いつまでたっても保釈させない。とりあえず認めて、早くシャバに出て身辺整理をした方が良いではないか。もし本当に事実でないならば、仮にここで認めておいても法廷ではっきりとそれを否定すればすむことで、問題ないはずだ。とにかく認めるだけは認めろ。認めたら早く保釈してやる。」このようなことを私に対して何回も申し向けました。
しかし、これは検察の常套手段であり、世に言う冤罪といわれるもののほとんどが苦し紛れの嘘の自白によるものであるとされており、検事が被疑者を前にして作成した調書(検面調書といいます)は一度作成されると、それを法廷で覆すことは現在の訴訟実務の上では非常に難しいと言われています。この意味では中島検事は私に向かって明らかな嘘を言っているのです。否認を通した私は、中島検事の言葉通り、なかなか保釈が認められず、300日近くも身柄を勾留されることになりました。
思えば、松江拘置所に勾留されていた一年近くの月日は、私にとって必ずしもつらいだけのものではありませんでした。私の半生を静かに振り返るまたとない機会であり、久しぶりに天から与えられた思索と勉学の時間でもありました。
5. 検察の最大の狙いは、『本件』の脱税事件で私を有罪にすることでした。私が組合を指導して、架空の不動産取引をさせたと検察は主張して私を有罪にしようとしたばかりか、払わなくてもよい20億円以上の大金(地方税、加算税、延滞税等を含む。「別表」参照のこと)を組合と私に負担させようとしたのです。この検察側の架空のストーリーは誠にお粗末なものでした。もともと真実の取引であるものを、脱税というシナリオに無理にのせるためには架空としなければならず、そのために至る所で矛盾が露呈しました。
検察が最後に法廷に提出した論告要旨(平成10年3月24日付)に至っては、支離滅裂なものでした。事実を故意にネジ曲げたり、明らかに事実でないことを平気で並べてみたり、検事が自ら主張していることが、他の箇所で主張していることと自己矛盾していたりと、全くオソマツとしか言いようのないものでした。更に、検察は事実に反する自白を強要したり、誘導したりして、検察側のストーリーに一見都合のいいような証拠だけを表に出して、都合の悪い証拠を最後まで法廷の場に持ち出そうとせず、隠そうとしました。
****別表:松江地裁が無罪と認定し、払う必要のないものとした税額等一覧表(単位:円)
科目等 | 法人税等 | 住民税 | 事業税 | 計 |
本税 | 571,000,100 | 116,191,400 | 168,187,000 | 855,378,500 |
重加算税 | 185,997,000 | - | 55,834,700 | 241,831,700 |
過少申告税 | 6,059,500 | - | 1,273,000 | 7,332,500 |
延滞税 | 630,228,100 | 123,988,100 | 180,158,200 | 934,374,400 |
罰金 | 130,000,000 | - | - | 130,000,000 |
合計 | 1,523,284,700 | 240,179,500 | 405,452,900 | 2,168,917,100 |
※「法人税等」には、法人税、法人特別税、法人臨時特別税、消費税を含む。「住民税」には、法人県民税、法人市民税を含む。
6. 検察は強大な国家権力を背景に嘘の証拠をでっち上げて裁判官を騙し、真実に反する判決を持ち出させて、組合と私を有罪にし、更に組合関連の人達10人ほどと私を破産に追い込もうとしていたのです。これは、社会正義という美名を背景にした恐喝であり、国民の財産を騙し取るという意味では詐欺行為と言っても過言ではありません。
ちなみに、嘘の証拠の最たるものは、当時事情をほとんど知らない一部組合員による仮装売買供述(検面調書)ですが、今度の判決では全て信憑性に欠けるものとして排斥されています。
7. 今回の松江地裁判決は、一部『別件』部分に関しては問題が残るものの、巨額脱税事件という『本件』については、検察側の嘘を明白に見破ってくれたものです。
「架空売買でなく、真実16億5千万円が相手に支払われた売買契約であった。」 ―
これが『本件』に関する判決の骨子であり、このことによって私も組合の人達も巨額脱税事件に関しては無罪とされ、かつ、合計で20億円以上の税金については、組合も私も共に払う必要のないものだと認定してくれたのです。
8. 平成5年9月28日のマルサによるガサイレ以来、5年8ヶ月が経過しました。その間、国税当局と検察当局が一体となって、私と組合の人達に巨額脱税という汚名を着せた上で、事業経営者にとっては命とも言うべき巨額のお金を取り上げようとしたことに対して、私は文字通り身体を張って戦ってきました。この観点から今回の判決を見れば、組合関連の人達10人ほどについて、財産の上からは全く傷がつかないことになったことに加え、『本件』『別件』ともに組合の人達は、法人税法違反(脱税)に関して完全に無罪とされたことで、この5年余り私に大きくのし掛かっていた精神的苦痛の大きなものが取り除かれました。
平成元年につきあいが始まって以来、このような事件があったにもかかわらず、組合の人達は私を全面的に信頼して下さいました。私に全幅の信頼を置いて下さった組合の人達の財産が没収されたり、私が指導した税務対策に関して組合の人達が有罪にでもなったりすれば、私としてはいくらお詫びをしようともお詫びのしようがない思いだったのです。
9. 判決の後、しばらくしてから、私は広島国税局のある統括官と面談する機会を持ちました。その統括官は国税当局の誤りを認め、これまでとはうって変わった丁重な対応になり、とても印象的でした。
国税当局としては、平成5年9月に100人前後の査察官を投入して摘発し、検察を強引に口説いて6人もの逮捕者を出し、全国一の大型脱税事件として鳴り物入りで大騒ぎをした手前、かなりバツが悪いようなのです。
たしかに、これだけの大型脱税事件で無罪となったケースは、前例がほとんどないそうです。
10.執行猶予付ながら有罪とされた『別件』の部分について私は、判決内容が納得できないため判決後直ちに(5月14日)控訴し、高裁の判断を仰ぐことにいたしました。
11.このうち、法人税法関連で私だけが有罪とされ、組合の人達は無罪とされた『別件』については、引当金の戻入益の計上時期と貸倒金の認定の問題で、詳しい説明は割愛しますが、要するに、決算書にすでに計上されている引当金を戻入すべき時に戻入せず、そのまま貸借対照表上に残していたことと、組合の持っている貸金が不良債権となったため、回収不能と判断して、貸倒金として損金計上したこととが脱税にあたるというもので、私達税務会計の実務家からすれば信じられないような内容の判決でした。
逋脱罪(脱税の罪のことです)は、偽り、その他不正の手段で税金を逃れることによって成り立つもので、引当金の戻入益の計上時期を誤ったことは単なる思い違いにすぎないし、貸倒損失の計上は、それなりの根拠にもとづき回収不能と判断した結果、決算書と税務申告書に堂々と記載されているもので、何ら偽り、その他不正の手段を用いてはおりません。
つまり、私の判断が誤っていた、あるいは私の指導が悪かったとして、私のみお咎めを受けたわけで、このような判例は今まで存在しなかったし、仮にこれが前例となるようならば、全国の会計事務所は恐ろしくて業務ができなくなると言っても過言ではありません。判決後に面談した広島国税局の統括官でさえ、「変な判決ですね」と首を傾げているくらいです。税法と税務実務をよく知らない裁判官による不当な判決であり、上告審では必ずや正されるものと確信しています。
ちなみに、この『別件』部分については、『本件』とは異なり、税金の支払いを拒否しているわけではなく、すでに支払いが完了しています。しかも、国税当局の処分としては、罰則的な意味合いの重加算税ではなく、申告ミスという意味合いの過少申告加算税が賦課されているものです。
この『別件』は、もともとマルサの告発の中には含まれては いませんでした。検察当局が『本件』である巨額脱税事件が無罪になるのを怖れて、私達を逮捕してから後に、起訴内容にムリヤリ押し込んだものでした。
12.今一つの『別件』である公正証書原本不実記載及び同行使については、私のほかに、組合長であった岡島氏と山根会計の職員であった小島氏とが有罪とされました。
この件では、『本件』である架空売買登記(無罪)のほかに、二つの『別件』がまるでとってつけたように加えられていました。
一つは、農地の売買に関するものでした。私が組合所有の土地(地目は山林)を買うことになり、実際に所有権移転の登記を行う段階になって、登記上の地目は山林であっても農地として扱われていることが判明したため、益田市の司法書士のアドバイスを受けながら、農業者であり当時の組合長であった岡島氏に私の替わりに所有してもらったものであり、私の替わりにその手続きの一切を司法書士と共に行ったのが小島氏だったのです。
農地法の関係から、農業者でない者は農地の取得ができないため、農業者に頼んで買ってもらうことは、世上よく行われていることであり、私としては専門家の司法書士のアドバイスもあることから、このことが罪に問われるなど夢にも考えていませんでした。岡島氏も小島氏も晴天の霹靂だったに違いありません。
判決は、この件に関して、農地の所有者が私にあるのにもかかわらず、岡島氏の名義を借りて登記を行ったことが公正証書原本不実記載の罪にあたると判示しています。
しかし、農地法の関係から、私が農地の所有者になることは不可能であり、その所有権が私にあるとされることがどのようなことなのか、私には到底理解できません。所有権は私の替わりに所有者になってもらった農業者の岡島氏にあるわけで、その意味からは真実の記載であり、決して不実の記載ではありません。誤った判決であると言わざるを得ません。
13.二つは、仮登記に関するものでした。千葉県にある不動産を私の会社が購入する際に、一部、登記済証(権利証と言われるものです)のない物件がありました。
このような場合、二人の保証人が必要とされ、平成四年当時は、同一法務局管内に居住する人、もしくはその法務局に登記の実績のある人でなければ、保証人となることはできませんでした。
小島氏は、知人であり東京で司法書士をしている専門家からアドバイスを受けて、一時的に賃貸借設定の仮登記をし、登記の実績をつくり保証人の適格性を得た後に、不動産の所有権移転の手続きをしました。このことは実務上の便法として、登記実務で通常行われていたことで、アドバイスをした司法書士は、この便法が実際に罪に問われることなど考えていなかったことでした。ましてや、私も小島氏も罪になるなど思ってもいませんでした。
この仮登記に関しては、三年前に逮捕された時に逮捕状に記載してあったものの、私の記憶には全くなく、何のことか判りませんでした。後日、接見に訪れた中村寿夫弁護士に調べてもらって初めて、その内容が判ったものです。
尚、この仮登記の便法を提示し、実際の登記実務を行った専門家である司法書士は逮捕もされていなければ、起訴もされていないのです。『別件』の法人税法関連では実際の実務を担当した小島氏は起訴さえされていませんし、組合長は無罪が言い渡されているのに比較して、税の専門家である私だけが有罪とされていることに鑑み、登記の実務の専門家である司法書士が、私達が全く知らない登記の便法を提案し、一切の登記実務を行ったことに対して、事情をよく理解していない私と小島氏とが有罪になっているにも拘わらず、不問にされている事実は、どう考えても納得のいくものではありません。
検察があれだけ大掛かりに取り組んだ事件であるから、全部を無罪にするわけにはいかず、『別件』についてのみ、屁理屈をつけてでも有罪に持ち込んだものとしか考えることができません。
14.このように、『別件』については、私にとって『本件』ほど重大な意味を持つものではありませんが、私、小島氏、岡島氏に言い渡された執行猶予付きながらも有罪(六ヵ月から一年半の懲役)の判決は、私達の誇りと名誉のためにも覆さなければならないし、また、必ず覆すことができるものと信じています。
15.以上により、今回の判決に関して、私は一部不満が残るものの概ね満足すべきものと考えております。100%ではないものの、限りなく100%に近い勝利であったと考えています。
平成11年6月
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