11/28講演会「闇に挑む『原発とは何か?』-福島第一と島根-」-4
- 2012.01.17
- 山根治blog
***7. 無責任の系譜
次に、このような無責任体制の歴史をたどってみました。今から150年前に遡るのではないかと、私は思っています。1853年、ペリーが初めて日本の浦賀にやって来た。それまでは、江戸時代を通じて鎖国政策をとっていた。ところが、ペリーが来たり、ロシアの船が来たりして、門戸を開放せざるを得なくなった。そこで、自由貿易という道を日本は選択した。それまで日本国内で自給自足的な経済をやっていたのが、全世界の、今の言葉で言えばグローバルな環境に放り出されてしまった。日本が自由主義経済の世界に足を踏み入れたことによって、お金万能主義と効率主義を目ざすようになった。150年位前から、自由主義経済の波に乗って、日本は経済的には豊かになった。その結果、世界からエコノミック・アニマルと侮蔑されるようになりました。
自由主義経済、今もTPPが議論になっていますが、これも自由主義、今の言葉で言えば新自由主義ですが、それの一環として、アメリカの世界経済戦略として、アメリカの利益のために考え出されたものです。TPPの問題はこれからどうなるかわかりませんが、あくまでもアメリカが自分達の利益のために、考え出したものです。この底にあるのが新自由主義です。アメリカの利益を最優先にする考え方です。バラ色の自由な世界が広がっていく、ワールドワイドになって、更に門戸が開けて、もっともっと経済が良くなり、暮し向きが良くなっていくと、一般に言われているようです。しかし、とんでもない話です。あくまでも、アメリカの中のごく一部の人達の利益のために考えられている仕組み、考え方です。
自由主義経済について「悪魔の碾き臼」(Satanic Mills)と称した経済学者がいます。カール・ポラニーです。ポラニーは第二次世界大戦中に自由主義経済の欠陥を鋭く分析して、弱肉強食、効率性を重視する自由主義経済に警告を発しています。
日本は明治の開国以来、一貫して自由主義経済の道を目指してきました。海外に積極的に進出して、欧米諸国と同じような植民地政策をとった。軍事、経済力を背景にした植民地政策です。第2次世界大戦後は、アメリカの同盟国として、自由主義の名のもとに、世界中から富を吸い上げてきた。国内的にも、貧しい者から富を吸い上げてきた。貧しい地域、貧しい人達を犠牲にして一部の者の利益を図ってきた。内へのコロナイゼーション(植民地主義)と言われているものです。全て、自由主義とその結果の産物である効率主義の名のもとに、弱者を犠牲にしてほとんど全ての経済政策が国策として推し進められてきたのです。
もう一つ加わったのが政治体制の変化です。明治維新によって、徳川家の支配から天皇を頂点とする立憲君主制に変わった。そこで大きな力を持ち始めたのが官僚という存在です。役人の中のごく一部の役人、スーパー・エリートです。明治憲法の下では官庁の中核として、内務省が非常に大きな権力を持っていた。その中でも、一握りの国策大学出身のトップエリート達が、国を自由自在に支配してきたという歴史があります。
私が今回歴史をたどってみてびっくりしたのは、明治憲法の下では、国がどんなに間違ったことをしようとも、あるいは、役人が国民にどんなに迷惑をかけて、どんな間違ったことをしようとも、国も役人も責任を取らなくていい、罰せられないという不文律が基本にあったということです。「無答責の法理」というそうです。今回初めて知ったのですが、要するに、たとえ国が間違ったことをやっても国は何も責任を取らなくてもいいし、役人も天皇陛下に対しては責任は取るけれど、国民に対して責任は取らなくてもいいというのが基本にあった。役人は天皇陛下に対しては天皇の臣下として位置付けられていたが、国民(平民といいました)に対しては“お上”として君臨した。それが、第2次世界大戦後は明治憲法が廃止されて、日本国憲法になった。公務員は、国民全体の奉仕者と憲法は定めた。一転して、法の建前では国民が主人公になった。役人は国民に君臨する者から、逆に公のしもべ、公僕になった。国家公務員法、地方公務員法でも同じように国民全体の奉仕者と定めている。建前ではそうなっています。
ところが、現実はどうか。この中に役人の方、あるいはOBの方がいらっしゃるので、あまり面と向かって言うのも何ですが、どうでしょうか。国家公務員、地方公務員の中で自分達が公僕だと思っている人がいるでしょうか。おそらくいないと思いますね。私は松江に帰ってきて35年、会計士、税理士の仕事をして、いろんな役所の人、特別公務員である知事、県会議員、市会議員、国会議員、役所の局長、部長、課長といろいろな人に会いました。しかし、一人の例外もなく、自分が公僕だという意識を持った人はいなかった。自分達は特別な存在、一般の国民よりも上の者だ、いわゆる官尊民卑という言葉が言われますけれど本音のところは、正に自分達が偉くて、国民は自分達がやることに従ってさえいればいいという人がほとんどでした。つまり、かつての明治憲法が形の上では廃止されたが、役人―とくに官僚に関しては、明治憲法が一貫して続いているということです。地方公務員に対しては住民による監査請求とか訴訟(地方自治法第242条)ができるようになっているのに対して、国家公務員には国民が彼らの非行を追及する法の規定が存在しないのはその表れです。
私は以前から仕事をしながら、役人とはいったい何だろう、官僚とは何だろうと、よく考えていました。今度の原発というパンドラの箱がぶちまけられたことにより、いろいろな疑問が出てきた。歴史的にたどってみたら、これまで隠されていたことがわかってきた。役人の正体が明らかになったのもその一つです。役人の実態は、明治憲法下と同じで、何も変わっていないということです。先程、内務官僚と言いましたが、国策大学である東大法学部が中心の内務官僚が戦後しっかりと復活した。原発を日本にもってきた中心人物は正力松太郎。戦時中は特高の幹部として思想犯を片っ端からとっつかまえては葬り去り、戦後は一転して政治家になって金儲けに走った人物です。読売新聞を政治と金儲けのために利用し、日本テレビを作った人物です。その子分で使い走りをしていたのが、中曽根康弘です。この2人は国策大学の東大出身です。岸信介は通産省の役人でしたが、東大法学部を出ていますので、事実上の内務官僚と同じでしょう。まだ他にもたくさんいますが、かつての官僚、戦前戦中軍国主義をおし進め日本を支配していた官僚達。日本を支配していたのは軍人ではありません。官僚が支配していた。その官僚が戦後しっかりと生き残り、アメリカの手先になって、再軍備の一環として原発を導入した。しかも、彼らはやりたい放題です。どんなことをやっても、どんなに国民に迷惑をかけても責任を取ることはない。国も国策でやる以上責任を取ることはないというのが、一貫して変わっていない。国家賠償法があるにはあるのですが、国策に関してはまず責任を認めようとしない。1年程前に、大阪地検特捜部の前田検事がインチキをやった。検事もやはり役人で、しかもエリートです。彼等は何をやってもいい、一般国民を犠牲にしようが、自分達は許されるんだという傲慢な考え方を持っている。これは氷山の一角で、全体的に流れているのが、そういう思い上がった考えです。冤罪の背景にあるのも、このような間違ったエリート意識です。
無責任体制は明治以来、憲法が変わり、法律も変わったけれど、役人が国民の上に立って支配する、いわば統治者として日本国に君臨している姿は全く変わっていない。そういう権力を持った連中がお金にまみれてしまった。もともとお金万能の考えは、経済自由主義、新自由主義の中に潜んでいたのですが、それを増長させたのが田中角栄でした。結果、自分達は無責任で何でもやりたい放題。そのやりたい放題をやった“つけ”が、今回の原発の事故に繋がったのだと、私は理解しています。
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