100年に1度のチャンス -5

 話を、全世界が受けた1,000兆円の損害に戻します。とりあえずここでは、日本だけに焦点を合わせて考えてみることにいたします。

 まず、日本が受けた損害についてですが、世界全体の10%、つまり100兆円と仮定します。イラク戦争で日本が既に負担したお金は、スティグリッツ教授の試算によれば30兆円でしたから、この金額を差し引いた残りは70兆円。ちなみに、この30兆円の負担は対外的には支払いが既に完了しているものですが、国内的には小泉政権時代に大量に発行した多額の国債という借金の形で現在も残っています。小泉純一郎氏が日本国に残した負の遺産の一つです。

 この30兆円という負の遺産に加えて、残りの70兆円を今後日本が負担していくことになる訳です。

 ここで、日本全体の財政状態がどうなっているのか見てみましょう。
 私の手許に、『平成20年版国民経済計算年報』と題された一冊の本があります。内閣府がいくつかの統計データを加工して作り上げた、日本国の、フローとストックの計算書で、その中には貸借対照表も含まれています。
 正直に言って、このようなものがあるとは知りませんでした。確かに近年、国だけでなく地方公共団体までも、従来のような資金の収支計算だけではなく、財政状態をも表示する決算書(貸借対照表のことです)が必要ではないかと指摘されていることは知っていましたし、現に、各地の自治体では試行的に作成していることも知っていました。また、作成の指針となる公会計基準なるものが公表されていることも知っていました。また、総理大臣であった小泉純一郎氏が3年前、自民党の総選挙のマニフェストの中で公会計のことに触れ、国全体の財政状況がハッキリと分かるものを作る、と約束していたことも知っていました。(“郵政民営化-2つのゴマカシ”)。
 しかし、国全体、つまり、政府と民間とを合体した貸借対照表が既に作成されていることまでは知らなかったのです。

 今年の春頃のことでした。イスにひっくりかえってテレビ中継されている国会の審議を見るとはなしに見ていました。与党議員が茶番劇を展開し、デキ・レースのような退屈な質問を繰り返していましたので、いいかげんうんざりして、あくびをかみ殺してはうつらうつらしていたところ、政府側からの、

「日本の総資産は、8,500兆円」

とか、

「日本の純資産は、2,700兆円」

といった答弁が耳に入ってきました。驚きましたね。ハッとして眼をさまし、思わずイスを起してシャンと背筋を伸ばしてしまいました。それまで聞いたことのない、8,500兆円とか、2,700兆円といった数字に敏感に反応したのです。職人としての会計屋のサガでしょうか。

 早速東京にいる長男に調べてもらうことにしました。ネット検索によって分かったことは、確かに、政府としては計算し、その結果を公表している事実でした。しかし、分量が多い上に、ネット上では非常に見にくいというので、印刷されている冊子を求めることにいたしました。
 注文してから一ト月も経った頃でしょうか、A4版で568頁という分厚い冊子がやっとのことで届きました。
 なかなか本が送られてこないものですから、イライラしていたところです。取るものも取り敢えず、急いでページをパラパラとめくってみました。
 そこで目にしたのは、案の定というべきでしょうか、なんとも奇妙な“作文”の類いでした。あちこちから統計数字を寄せ集めて、フロー(国民所得)が計算され、これまた、評価基準がバラバラな各種ストックをかき集めて貸借対照表が作成されていました。このような方法ですと、当然のことながら、フローとストックとのつじつまが合わなくなります。そこで、調整勘定と称するものを持ってきて、両者のつじつま合わせをしているのです。
 この方法は、私達会計の実務家が、キチンとした帳簿を作成していない会社の決算書を作るときの簡便法と同じようなやり方です。つまり、一年間の売上と仕入と経費の金額を個別に集計し、年度末の在庫の額を別途に集計して損益計算書をつくり、年度末の現金預金、売掛金、買掛金、借入金などの残高を一覧表にして貸借対照表を作るやり方です。このようにしてでき上った損益計算書と貸借対照表は、当然のことながらつじつまが合うはずはありません。そこで、仮勘定とか調整勘定とかを作って、貸借対照表に埋め込んでつじつま合わせをするのです。もっとも、全くのデタラメということではなく、当らずとも遠からず、といった決算書には仕上がるものです。

 国の貸借対照表も、このような、いわばいいかげんなシロモノでしたので、急激に興味が薄れていき、それ以上詳しく検討することなく、そのまま放り投げていました。
 しかし、その後、サブプライムローンに端を発した金融危機が起り、これからの日本のことを考えていく上で、どうしても日本の全体像を把握する必要に迫られましたので、不完全でいいかげんなものではありますが、現時点では、この

「国民経済計算年報」

しか、日本経済の全体像を示したものがありません。そこでやむなく、ここに示されているデータを参考にして考えていくことにしました。

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 ここで一句。

“選挙前 まき餌ばかりで 臭くなる” -松戸、タコヨ。

 

(毎日新聞、平成20年11月9日号より)

(与野党でスッタモンダの2兆円。威勢よく大見得切った口曲り、小突きまわされオチョボ口。)

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