遊仙窟について -その3

 「遊仙窟」は、万葉の歌人達に大きな影響を与えたようですが、中でも、のめり込むほどに作品に反映させたのは、大伴旅人でした。

 「松浦河(まつらがは)に遊ぶの序」という、旅人による漢文の説明を付された11首の短歌は、神功皇后の伝承を踏まえたフィクションです。

”是(ここ)に、皇后(きさき)、針を匂(ま)げて、鉤(ち)をつくり、粒(いひぼ)を取りて餌にして、裳(みも)の縷(いと)を抽取(と)りて緡(つりのを)にして、河の中の石(いそ)の上に登りて、鉤を投げて祈(うけ)ひて曰(のたま)はく、
「朕(われ)、西(にしのかた)、財(たから)の国を求めんと欲(おもほ)す。もし事を成すことあらば、河の魚(いを)鉤飲(ちく)へ」とのたまふ。
 よりて、竿(さを)をあげて、すなはち細鱗魚(あゆ)を獲(え)つ。”
 - 日本書紀、神功皇后、9年4月条。



 神功皇后が新羅出兵に際して、その成否を占うために、松浦県(まつらのあがた)の玉嶋里(たましまのさと)の小川に釣糸を垂れたところ、鮎が釣れたという伝承です。

 旅人は、この伝承を踏まえつつ、神功皇后のかわりに、「遊仙窟」を念頭に置いた仙女達(釣魚女子等 - いををつるをとめら)を登場させ、色彩感豊かに唱いあげています。

 11首の中でも、私がとくに好きな歌は、歌番号861番の一首です。
”松浦川 川の瀬早み 紅(くれなゐ)の
 裳(も)の裾濡れて 鮎か釣るらむ”

(松浦川の川の瀬が早いので、少女たちは紅の裳裾を濡らして鮎を釣っているだろうか。 - 中西進氏の訳による)



 裳の裾が濡れる - このような表現は11首の中の855番の歌にも用いられていますし、その他万葉集の中に数多く見出されます。

 紅の裳が水に濡れる情景は、万葉人が美しい乙女に想いを寄せ、かなわぬ恋ながらも自らの心情を流れる水に託したものなのでしょうか。

 この歌は、切り絵の匠、宮田雅之氏にとりあげられ、匠のリリシズムの世界を飾っています。



 宮田氏は、艶と評される切り絵の技で一幅の絵を切り出し、この861番の歌を見事なまでに表現しています。

 ”万葉恋歌 - 宮田雅之切り絵画集” - 中央公論社刊 -

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