冤罪を創る人々vol.9

2004年05月18日 第9号 発行部数:206部

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 「冤罪を創る人々」-国家暴力の現場から-




    日本一の脱税事件で逮捕起訴された公認会計士の闘いの実録。


    マルサと検察が行なった捏造の実態を明らかにする。


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 山根治(やまね・おさむ)  昭和17年(1942年)7月 生まれ


 株式会社フォレスト・コンサルタンツ 主任コンサルタント


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●(第五章)権力としてのマルサ ―暴力装置の実態




「5)強制調査四日目 ― 平成5年10月1日(金)」より続く


http://www.mz-style.com/item/50






6)その後 ― (1)




一、 平成5年10月27日、午後1時から同2時50分まで、山根


 ビル一階の島根総合研究所サロンにて、益田市畜産協同組合の人達


 6人と、今後のマルサ対策について話し合った。同席者は、職員小


 島泰二。




二、 皆の了解を得て、テープで録音することにした。組合の人達の


 証言が、マルサの口車に乗って二度とぶれることがないようにする


 ためであり、仮にぶれた場合でも、私と皆の前で話したことを明確


 に残しておけば安全であると考えたためである。


  これに加えて、何をするか分からないマルサのことであるから、


 皆で寄り集って口裏合わせをしたとか言って、難クセをつけないと


 も限らず、口裏合わせなどしていないことを後で証明するためにも、


 録音して残しておく必要があると考えたのである。




三、 案の定、私達をマルサの口車に乗って逮捕した検察は、この時


 の会合について、口裏合わせをし証拠隠滅工作をしたと、言いつの


 り、証拠隠滅のおそれありとして、私を保釈させようとしなかった


 し、私を断罪する際にも、度々引用した。


  直ちに嘘が証明されるこのようなことを、どれだけ多く、マルサ


 と検察は捏造したことであろうか。




四、 平成5年11月22日、新本修司より電話があり、会いたいと


 言ってきた。11月25日午前10時に、松江税務署に行くことを


 約束。




五、 平成5年11月25日、午前9時50分。


  松江税務署一階の和室に行く。


  前回同様、机と椅子が運び込まれており、藤原孝行と新本修司の


 二人が待っていた。




六、


 藤原:「質問顛末書を書き写すことは、今後は認めないことにした。」


 山根:「何故だ?」 


 藤原:「犯則嫌疑者に書き写す権利が認められているわけではない


     し、取り調べにあたる国税当局に、それを書き写させる義


     務がないからだ。」


 山根:「この間は、コピーはできないが、書き写すのならよいと言っ


     たではないか。」


 藤原:「だから、これからはそれを改めるということだ。」


 山根:「方針変更の理由を聞かせて欲しい。」


 藤原:「理由など、山根に言う必要はない。」


  ― 問答無用ということか。よらしむべし、知らしむべからず、お


 上の言うことには、文句を言わずに黙って従えということか。




 山根:「もともと、私が、質問顛末書を書き写すことを申し出たの


     は、尋問にあたって、脅したり、すかしたりして、事実を


     ねじ曲げ、自分達で勝手につくりあげたストーリーに沿う


     ように調書をとっている事実があったからではないか。


      こちらの言ったことで、架空のストーリーに合致しない


     ことは、書かずに省略した事実があったからではないか。


     こんなものが、任意の供述調書であるものか。


      国税のデッチあげから私を守るために、必要だからこそ、


     厳密にチェックして間違いを訂正してもらい、その内容を


     書き写して、こちらに保管するということで、お互いに了


     解したことではないか。」 


 藤原:「私も人の子だ。デッチあげなどと、二度と言わないでもら


     いたい。」


 山根:「君達がやり方を変えなければ、何度でも言うつもりだ。」




(続きはWebサイトにて)


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●山根治blog (※山根治が日々考えること)


http://consul.mz-style.com/catid/21






「空海と虫麻呂-その3」より続く


http://www.mz-style.com/item/48




  万葉歌番号1742番の歌、― 河内の朱塗りの橋の上を、赤い


 スカートをはき、青い上衣をつけた乙女が優雅に通っていく、―


 ここには虫麻呂の乙女に対する憧憬が唱われており、この乙女は決


 して虫麻呂の現実の世界には入ってくることができないのです。




  空海の「三教指帰」巻の下に、




 ”或るときは雲童(うんとう)の娘(をんな)を眄(み)て心懈


 (たゆ)むで思いを服(つ)け、或るときは滸倍(こべ)の尼(あ


 ま)を観て、意(こころ)を策(はげま)して厭(いと)い離る。”




 とあります。




  雲童娘と滸倍尼は「聾瞽指帰」の中で、それぞれ「須美能曳乃宇


 奈古乎美奈」、「古倍乃阿麻」と空海によって自注されているそう


 です。


  この2つの言葉の意味するところは、古来いくつかの説があり、


 定説がないようです。しかし、2人の女性であることだけは確かで


 す。


  また、この2人の女性は、空海その人の実体験として語られてい


 るのではなく、空海が、仏法の優越性を説くのに用いた「仮名乞児


 (かめいこつじ)」なる人物の体験として語られています。




  ただ、この「仮名乞児」は、空海が自らの思想を分かり易く述べ


 るのに用いた、いわば”仮託の人”であり、決して架空の人物では


 ありません。


  したがって、仮名乞児の体験は、空海自身の実体験と想念の世界


 とを大きく反映しているものと考えていいでしょう。




  2人の女性を、一人は「須美能曳乃宇奈古乎美奈」、即ち「住吉


 の海子女」、今一人は「古倍乃阿麻」、即ち「こべ(地名)の尼僧」


 と考えてみます。


  空海に擬されている仮名乞児は、住吉の海女については「眄(み)


 て」、こべの尼僧については「観(み)て」、それぞれ「心懈(た


 ゆ)むで思いを服(つ)け」(心がおこたりゆるんで恋慕の情を起


 し)、「意(こころ)を策(はげま)して厭(いと)い離る」(心


 を鬼にして邪念をふりきる)のです。




  校注者は、「眄」を「横目につかう、流し目に見る」と注し、


 「観」を「じっと見つめる」と注しています。


  ここには青年空海の実体験、あるいは想念の世界における愛欲の


 葛藤が表象されているようです。


  生身の人間としての空海が、私の前に忽然と現われた思いでした。


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