014 「マルサの女」の世界 ― その虚像と実像 ―

***1.「マルサの女」の世界 ― その虚像と実像 ―

一、 「マルサ」 ― もともと国税の内部用語にしかすぎなかったこの言葉を一躍有名にしたのは、昭和六十三年に公開された伊丹十三監督の映画「マルサの女」であった。映画は大ヒットし、「マルサ」はその年の「流行語大賞」に選ばれ、一般に浸透していった。



二、 これを契機として、マルサ(査察)に関するルポルタージュ風の読み物が数多く世に出ることとなった。

 それらのほとんどは、映画「マルサの女」と、同じ視点から描かれたものであり、徴税側の論理が優先し、一般納税者の視点が欠落したものであった。

 つまり、マルサは脱税という社会悪に敢然と挑戦する正義の味方であり、マルサの標的にされた脱税者は、国家社会の敵であった。



三、 マルサは、国税の中でも一握りのエリートであり、一般税務署員の星として、「昔陸軍、今国税」とさえいわれる暴力装置としての国税の頂点に君臨していた。安月給をものともせずに、日曜祭日返上で、朝早くから夜遅くまで、社会の巨悪に立ち向かう不屈の精神の持ち主達であった。



四、 映画の中でも誇らしく歌われたマルサ名物「五万節」が、バンカラ風に響く勧善懲悪の世界であった、 ―



 ♪学校出てから十余年今じゃ国税査察官

  朝ははよから夜ふけまでガサした件数五万件

 ♪学校出てから十余年今じゃ国税査察官

  今日は反面あすはガサつぶした革靴五万足

 ♪学校出てから十余年今じゃ国税査察官

  布団 枕に大金庫 見つけた証書が五万枚

 ♪学校出てから十余年今じゃ国税査察官

  残業終ってちょっと一杯呑んだ焼酎五万本



五、 マルサはまた、「国税査察官服務規程」によって、通常の国家公務員以上の服務規程が課せられている特別な存在であった。[国税査察官服務規程]第一条 国税査察官の服務については、国家公務員法及び官吏服務紀律に定めるところによる外、この規程の定めるところによる。

第二条 国税査察官は、国民全体の奉仕者として、公共の利益、国民に対する課税の公正のために勤務し、且つ、職務の遂行にあたっては全力を挙げてこれに専念しなければならない。

第三条 国税査察官は、その職務が課税標準の著しく増加した者等の所得等を徹底的に把握し、課税の充実を期するところにあり、その職務の遂行が国民の負担の公正を実現し、国家財政の確立に寄与するものであることを深く認識するとともに、その職務の遂行が国民の財産権に影響を及ぼすものであることを自覚し、日本国憲法の保障する国民の自由及び権利の干渉にわたる等その権能を濫用してはならない。

第四条 国税査察官は、その任命後、任命権者の面前において、次の宣誓書に署名しなければならない。
[宣誓書] 私は日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、国税査察官の職務の重大なことを自覚し、命令を遵守し、何ものにも捉われず、何ものをも恐れず、良心のみに従って、公正に税務の遂行に当ることを厳粛に誓います。
 昭和  年  月  日官職  氏  名  印

第五条 国税査察官は次の事項を厳格に守らなければならない。

 一、 常に静粛で礼儀正しく、且つ、秩序正しくすること。

 二、 職務を遂行する際は、冷静で正しい判断をなし、協同一致の精神によりたがいに連絡協調に努め、且つ、忍耐強くすること。

 三、 法令及びこの規定に従い、誠実にその職務を遂行すること。

 四、 公務上の秘密を守り、これを知る権限がある人に告げる場合、上司から命じられた場合その他法令による場合の外は、この事務に関し知り得た秘密は何人にもこれを告げないこと。

 五、 税務官吏の信用を傷つけ又は税務官吏全体の不名誉となるような行為をしないこと。

 六、 職務の遂行に当っては危険を伴うことがあっても、厳然として挺身これに当り、危険又は責任を回避しないこと。

 七、 職務の遂行に当っては、その権限を明らかにする証票及び国税査察官手帳を携行し、国税査察官徽章を佩用するとともに、何人に対しても、正当な要求があったときは、自己の官職氏名及び所属部署を知らせること。六、 私達日本国民は、このような厳しい服務規程を遵守し、社会正義の最後の砦とばかりに、身を挺して社会悪と戦っているマルサに、改めて驚嘆し、心から感謝しなければならないのであろうか。

七、 平成5年9月28日、私を急襲したマルサは、このようなマルサとは似ても似つかないものであった。暴力団そのものの存在が、私を襲ったのである。

 以下、広島国税局調査査察部による強制調査がどのようなものであったか、私の日記等をもとに、当時の状況を再現し、その実態を明らかにする。

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