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こんにちわ
以前からこのブログを読んでいました。文章が簡明で非常に読みやすく、また私の知らない種々のことを教えられるなど、非常に有益なものです。
ところで、この項目です。まず詐欺事件であることは間違いないでしょうが、早く続きを読みたいものです。年末でお忙しいでしょうが。
>>ゴミ
>>カモ
>>客人
これって野村證券のことですよね。
昨日、初めてこのブログを拝見いたしました。自分自身、当時マスコミのデマに踊らされていた事を倉田まり子さんの一ファンとして恥ずかしく感じております。
さて、このデマを信じるに足る根拠と信じておりましたフライデー創刊号に掲載された写真ですが、YouTube掲載の動画の一部に登場しております。プリントアウトした画像では中江滋樹氏はネクタイをした正装のスーツ姿、倉田まり子さんは長袖のセーター姿で、中江氏が手を回し倉田さんの肩に軽く手をのせておられます。
奇妙に感じますのは、この画像には背景が全く写っていない、と言う事です。あたかも何もないかのように真っ白です。真正面からストロボを発光させておりますので、後ろに白い壁があれば多少なりの影が写るはずなのですが・・・一部分の切り出し画像ですので、私の勘違いかも知れません。
当時の記者会見の模様も動画に掲載されておりますが、激しくつめよるマスコミに対し、自らの家族を守るため、凛とした態度で応対し、決して動じぬ倉田まり子さんの姿には大変感動いたしました。
恐らくこの方はどのような職に就かれても相応の地位を築かれるだけの能力を持った方と感じましたが、事実これだけのハンデをはね返し、自ら実業家として成功を収めつつある事に対しては、本当にその努力と才能を賞賛したく思います。
事件はもう20年以上も前の話。いまさら興味本位でマスコミが掘り返しても、既にニュースバリューもほとんど無くなっていることでしょう。
倉田まり子さんは実業家坪田まり子さんとして本来あるべき所に戻られたようです。大成されつつある倉田まり子さんの姿をもう一度見てみたい、と言う願望はかつての大ファンであった故に捨て去り、私のお気に入りの「さよならレイニー・ステーション」と言う曲をもう一度聞きながら、静かに倉田まりこさんの成功と幸せを祈る事にします。
藤田義清京都地方検察庁総務部長
長谷透松山地方検察庁次席検事
中島 行博札幌地方検察庁総務部長
立石英生検事(’刑法の羅針盤の著者’??)は高松地検特捜刑事部長時代に告訴されていますね(四国タイムズ)。でも皆さん順調に出世しているようです。
田中森一が、’たくみな暴力によって自白を引き出す’のを自慢してとうとうと書いていて、その神経に仰天してしまいますが、彼が特別ではないのですね。
すいません。「打ち間違え」ではなく「打ち間違い」ですね。
私は日本語の勉強をやり直した方が良さそうです…
打ち間違えだとは思いますが、相場操縦による賠償責任を定めているのは証取法第160条ではないでしょうか?
民事での私の経験など山根さんの件に比べてなまやさしいものですが、地裁の完全に道理ある判決を覆した東京高裁の判決文は、弁護士の為に(こちらも相手側も弁護士が文章を書けないのにはあきれはてましたが)上告の下書きをしながら何度も読みましたが、正義・公正の法律の精神などまったくない、今でも反吐がでる文章でした。
”'行政法’の主要な目的は政府の権力の行使を法的限界の中にとどめ、国民を政府の権力の悪用から守ることにある。” 日本においてJudicial Reviewの制度がまったく発展していないことに暗澹たる気分になります。
国家の恣意裁量による権力の濫用から国民を守るという'Rule of Law'の原理が、逆立ちして官僚たちによって使われています。
ハワード、キングの’マルクス経済学の歴史’(上、下)ではマルクスの数学能力不足に手厳しい批判があります。また同書では、都留重人先生こそ日本の偉大なマルクス経済学者であると述べています。都留先生の最後の書’市場には心がない’を読み90歳を超えてもなお進んで行く頭脳の素晴らしさに感動しました。山根さんは偉大な学者から直接指導をうけ羨ましいかぎりです。
わざわざ記事の形でお返事頂き、恐縮です。
>司法にたずさわる人達が事実上野放し状態にある現実をよくご存知
私自身が冤罪訴追の当事者となったわけではありませんし、法律はズブのシロウトですので。そこまでキッパリ言われてしまうと冷や汗が出てきます。
一番良く知っている冤罪事件が、このブログで公開されている事件ですから。
ただ、放っておけないことだな、ということは強く感じております。
愚説取り上げて頂き、ありがとうございました。
信用崩壊のなか、竹中某のような卑劣な人間でなく、宇沢先生が日銀総裁に就任していただくべきと思う時があります。
いつも興味深く拝読させて頂いております。
よく刑罰による抑止力、という言い方がされますが。抑止力を運用する側には、その絶大な力を制御しきるだけの高い倫理意識が必要なのだと思います。
同じく抑止力としての必要悪、とよく言われる核兵器の場合と同じですね。
ただ、核の場合は使ってしまえば世界を制圧できるほどの強大な力であるため、その責任に耐え得るだけの倫理的な強さは人間には無い、とも思いますが。
刑罰の場合は、本来は状況が違うと思います。
間違った運用、例えば冤罪による訴追と、裁判によるその追認を抑えるためには、再び抑止力を使えばいい。
即ち、そうした行為に対して厳罰に処する法律を作り、法務省管轄とは別の組織がそれを運用する形で、現状最高裁判事の信任投票のような中途半端な形で誤魔化されている、市民による司法のチェック機能をより強化すべきではないかと。
立法・行政府には、選挙によって非常にシビアな評価が下される時代になりました。司法についても、特に明らかに現行法をも犯すような行為に走る輩には、主権者である一般市民が制限を加える方法が必要と思います。裁判員制度も始まることですし。
そのためには、世に数多ある冤罪事件を明らかにし、この問題を社会的なものにしていかなくてはなりませんね。
微力ながら、応援しております。
おもしろい!!!というか興味深い!!!!!!
walker氏へ
事実関係を明らかにすると書かれているんだから黙って待ってればいいのではないですか。
ただし、江戸の地図の出版屋さんにとっては、とんでもない、攻防激闘興廃の変乱時代でした。知られざるパクス・トクガワナーの裏面、何故だったかを研究しました。創見と思います。
パックス・トクガワーナの語は、拙著『江戸の地図屋さん』(2003年12月吉川弘文館・歴史文化ライブラリー168)159ページの創語です。恐らく印刷物。あるいは論文としては、初出だと思います。
「パックス・トクガワーナ」の語は、すでに、2004年3月号の「三田評論」84ページで私が使っています。さらにさかのぼると、前年12月刊行下記の書にこの用語の創案は私と申してよろしいいでしょうか。その直後には、NHK教育TV高校講座でも使われていた記憶があります。
なお、この初出は、小著『江戸の地図屋さん』2003年12月刊行吉川弘文館歴史文化ライブラリーの1冊(の159頁)
に書いたものの紹介として記したもので厳密にはこちらが初出でしょう。
3人しか事実は知らない・・・この言い方はますます不信感を助長します。すでに融資か贈与かがあった後に倉田まり子と中江からこのような話にしてくれと頼まれて山根さんが記者会見をした・・と解釈もできます。ですから、本当に潔白を証明するには、当時のマネジャーか不動産、現金の受け渡しに立ち会った人の証言、融資を約束した書面など書証が必要です。これらを確認したかどうか明らかでないとやはり疑惑のままです。当時の熱烈な倉田まり子ファンとして裏切られた思いが消えません。
>[1334]
>[1335]
walker 殿へ
倉田まり子さんの件の当事者は、倉田さん、中江滋樹氏、テレ朝のM氏の3名です。この3名の当事者の他に、事実関係の詳細を知っているのは、私以外にはいないはずです。従って、誰かが出てきてもっともらしいことを喋ったとしても、伝聞、憶測の域を超えるものではなく、意味がないでしょう。尚、私は当時中江氏と倉田さんからの依頼を受けて、週刊誌は週刊ポスト、テレビはフジテレビに限ってインタビューを受けて事実関係を明らかにし、結果、マスコミのバカ騒ぎは収束いたしました。私は当時、中江氏だけでなく、倉田まり子さんの税務代理人として、具体的な事実関係を把握した上で、税務当局と交渉した経緯があります。
更に言えば、倉田さんのことがスキャンダラスに語られるのは、中江滋樹氏が犯罪者であることを前提としているのですが、その前提そのものが間違っています。投資ジャーナル事件とは一体何であったのか、20年以上が経過した今、改めて冤罪であったことを確信するに至っています。警視庁と東京地検によって捏造された冤罪事件、倉田まり子さんだけでなく、中江滋樹氏もその意味では被害者だったのです。何故冤罪であったと言えるのか、いずれその全容を明らかにするつもりでいます。
山根さんはM氏とは面識がないのにどうしてスカウト料の前払いだったことが真実だったと言えるのでしょうか。ここに疑問があります。
それを約束した証拠、たとえば念書みたいなもののコピーが手元にあるのでしょうか。ただ単に中江氏が言ったというのでは真実の開示にはなりません。直接M氏にも会って確認したのでしょうか。
黒幕M氏の義理で金の出所が明かせなかったのが真相と言いますが、不動産の仲介者などもう少し第三者的な人の証言はないですかね。このブログ以外はすべて疑惑はそのままです。「疑惑そのものがはじめから存在しない」と言われても、黒幕M氏の話も作り話のようにもとれます。
倉田まり子氏は現在、坪田真理子という本名で大学生に社会人のマナーを教える人材育成コンサルタントです。本人の名誉回復というからには、本人の釈明というのも再度あるべきと考えます。
できないとなると、本人はやはり疑惑は真実で逃げ通したいと思っているとも取れますし、疑惑がなかったのなら、もっと気楽に笑い飛ばす釈明があってもよいと思いますね。(確か下着姿のツーショット写真がフライデーに出てましたが、これはいまだに私の脳裏に焼き付いています。これはどう説明してくれるのでしょうか)
色々な関係の証言が一致したときにそれは真実だと言えます。
なるほど、守大助さんの冤罪でっち上げも
、(作)半田康延医師夫婦(脚本)県警(演出)検察(講評)裁判所ってとこですか。嫁の治療ミスや己の人体実験、果ては公金横領(税金でクリニックやりながら放漫経営で破産させた)の露呈を恐れた半田が、無実の好青年に罪をおっかぶせて、今ものほほんと人命を預かる大学公務員でいられるのは談合悪(悪の官警検東北三角同盟)の極致かもしれません。
>[1331]
walker 殿へ
倉田まり子さんの件については、もともとスキャンダルでもなければ事件でもありませんでした。時のマスコミが寄ってたかって、あることないことを騒ぎ立ててスキャンダルに仕立て上げたというのが真相です(”倉田まり子事件の真相”その1~その3)。従って、疑惑そのものが初めから存在していないのです。
芸能ジャーナリスト・渡邉裕二のギョウカイヘッドロック
http://holiday22.keyblog.jp...
2006年11月から引用・・・・・・
元アイドルの倉田まり子と「兜町の風雲児」投資ジャーナル会長・中江滋樹との関係は、当時、社会問題となった。
「いくら倉田が否定しても、週刊誌には、2人の関係を暴く“極秘メモ”まで出回るようになっていた。そういった状況の中で、一時は失踪したこともあった。とにかく絶好のワイドショー・ネタになったことは事実で、倉田の出演を巡っては争奪戦が繰り広げられた。中には500万円の出演料を提示したところもあったようです」。
しかし、倉田は否定したものの、東京・目黒区中町の豪邸資金6700万円は、中江から倉田に手渡されていたことが、事件発覚から5ヵ月後になって「投資ジャーナル被害連絡センター」の調べでも明らかになった。
「中江と倉田は、83年12月29日に東京・新宿のホテルセンチュリーハイアットで会っていた。そこで、倉田は母親の純子さんと一緒にお金を受け取ったんです。倉田親子は、その足で自由が丘の不動産会社『ミヤマ』に向かい、建物の所有者と契約を結んだ。本契約は年が明けた1月7日で、1月25日に土地・建物の登記が完了しました」(被害連絡センターの関係者)。
確証を得た被害連絡センターでは、倉田が中江から土地・建物を贈られたもの拘わらず、「税申告を怠っていた」ことを掴み、相続税法69条の「無申告」で85年3月29日、東京地検に告発した。
また、倉田自身も週刊誌「週刊宝石」で、「私は中江会長から7000万円を借りました」とする手記を発表、3月29日放送のフジテレビ「3時のあなた」でもインタビューに答え、中江からの借金の事実を認めた。しかし、抵当権設定や返済計画などは全く触れていなかったことから「何で、この時期に認めたのか」といった疑問も声も出た。ただ、被害連絡センターの代表でもある多賀健三郎弁護士は「借入金であれば、当センターは債務者の立場で法的手続きを取れる」と主張した。
しかし、被害連絡センターの告発は受理されず、倉田の自宅は東京国税局の差し押さえとなった。また、逃亡していた中江も85年6月19日に逮捕された。
一時は、借金の返済のために「芸能界復帰」を目指していた倉田は、復帰を断念、弁護士秘書などを経て、現在は「坪田まり子」の名前で「プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー」として活躍中だ。
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まだこのような記事があり、まだ疑惑が解明されていませんが・・・
山根先生、早速ブログで取り扱っていただきありがとうございます。一審では不当な判決が出ましたが、新弁護団も結成され、控訴審に向け本格的に動き出しております。
先生とは、是非一度山下本人ともお会いしていただき、本人の話を聞いていただければと思います。よろしくおねがいします。
いよいよですね。
ばかくせ
面白い。大変読み応えがあります。こんなに続きが気になったのは、学生の頃に週刊少年ジャンプを買っていた時以来です。
初めまして 私は『山下進弁護士を救う会』代表の廣瀬と申します。
私も、冤罪で逮捕された山下進弁護士を救う為にブログを立ち上げております。(
http://shinnjitu.blog80.fc2...)、このブログは冤罪で検索して、知りました。調べれば調べるほど冤罪が疑われる事件が多くあることに驚かされますが、このようなことが発生するのは、司法のあり方に問題があることは明白です。より多くの人に訴え、徹底的に国民の声で体制を変えさせなければ、日本の将来は闇です。闘っている多くの人々は誰一人あきらめることなく、頑張ってくれることを祈ってやみません。
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