今、何故 ハニックス工業か?-⑥

  中村寿夫弁護士は、令和2年2月27日付の陳述書(「今、何故 ハニックス工業か?-⑤」)の5ペ-ジにおいて、

『被告(山根治のこと)が命名したいわゆる山根定理の概要は以下のようなものです。』

と陳述し、以下のようにまとめている。

『①適法に税額が確定するためには、修正申告又は税務署長の更正決定が必要であり、それ以外に税額を確定させる方法は存在しない。税務署長が納税者に修正申告を勧奨したり、更正決定を下すためには、税務署の当該職員が国税通則法に則り、その調査の事前通知(同法第74条の10)をした上で自ら適法に調査を遂げ、調査終了時に更正決定をすべきと認める場合には、その額と理由を説明し、修正申告の勧奨をすることが必要とされている(同法第74条の11)。
②国税庁、国税局の査察調査は、同法131条以下の規定に基づき行われるものであるが、その調査結果に基づき、告発がなされ、公訴が提起されたとしても、その時点では、修正申告も更正決定も存在しないので、適法な税額の確定はなく、せいぜい税額の見込み額でしかなく、公訴の提起は訴因を欠く違法なものとなり、当然のことながら有罪判決も違法な判決となる。逋脱事件の刑事裁判は、その有罪、無罪を問わず、国税通則法が昭和37年4月1日に施行された以降のものはすべて冤罪である。
③査察調査の実際の運用は、査察調査の前に税務署の当該職員により調査の事前通知が形式的に行われた後に、国税局の資料調査課や調査査察部の調査が開始され、告発が行われない場合は調査終了後に税務署の当該職員により、修正申告の勧奨等が行われ、告発・起訴に至る場合には、起訴後に税務署の当該職員により、国税局の調査結果に基づき勧奨等が行われるという手順を踏んでいるが、このような運用自体が国税通則法に違反する違法な手続きである。』(陳述書5~6ペ-ジ。下線及び太字は筆者。)

この陳述内容については、概ね私の言っていることで誤りはない。
ところが、それから後の陳述がデタラメだ。一転して、山根定理は、ドグマ(独断的意見)であると断定し、悪口雑言のオンパレ-ドである。私に対して、詐欺師、ペテン師呼ばわりだ。

前掲の引用文の下線部は、

公訴が提起されたとしても、その時点では、修正申告も更正決定も存在しないので、適法な税額の確定はなく、せいぜい税額の見込み額でしかなく、公訴の提起は訴因を欠く違法なものとなる。』

となっており、中村寿夫弁護士が主任弁護人をつとめた私の脱税事件(「冤罪を創る人々」、同「冤罪を創る人々」Kindle版)そのものがまさにその通りのものであった。/item/9第一審判決が誤っていたことは、本稿(「今、何故 ハニックス工業か?-④」)ですでに述べた通りだ。

このことは、一体、何を意味するのか。中村寿夫弁護士は、陳述書の中で、

『山根定理が、今日に至るまで一度として通用したことがないという厳然たる事実』(陳述書8ペ-ジ)

などと断言しているが、一度として通用したことがないどころの騒ぎではない。
中村寿夫弁護士が27年前から関与した脱税事件(「冤罪を創る人々」、同「冤罪を創る人々」Kindle版)の判決文が「山根定理」の通り誤った判決であったのである。
改めて、私の脱税事件(「冤罪を創る人々」、同「冤罪を創る人々」Kindle版)が冤罪であったことを第一審の判決書を再検討して確認した。今から思えば、中村寿夫弁護士の弁護活動はピント外れのものであった。肝腎な争点が外されているからだ。刑事裁判において有罪の根拠とされた、証拠に争点を集中させるべきであった。虚偽の犯罪事実(訴因の欠如)、証拠の標目の欠如(刑訴法335条)に絞るだけでも、冤罪は証明される。今回明らかにした、裁判所が作成したと称する「修正損益計算書」、「税額計算書」について、一体何を意味するのか、中村寿夫弁護士は理解することができなかった、あるいは理解していたとしても査察と検察とを真っ向から敵にまわすことを恐れたために、敢えて争点に持ってくることをしなかったのではないか。争点外しである。
中村寿夫弁護士は、長年、地元の銀行の役員を務め、銀行だけではなく国、県、市の代理人弁護士を数多く手掛けている。いわゆる御用弁護士だ。
この争点外しが行われているのは、私の脱税事件だけでなく、ハニックス工業の脱税事件についても、更には現在進行中の、中村寿夫弁護士がかかわっている松江市のA社でも同様である。

(この項つづく)

ここで一句。

”廃校に 消火器の赤 りんと立ち” -北九州、お鶴

(毎日新聞、令和2年9月9日付、仲畑流万能川柳より)

(コロナによって切り開かれる、新しい希望の日々。真の地方の時代の到来か。水郷・松江の復活-松江のプ-タロ-)

(お知らせ)

『冤罪を創る人々』が電子出版(Kindle版)されていることをお知らせいたします。8年前からKindle版になっていたようですが、山根治とブログ管理者との行き違いから、私がこの事実を知ったのは、令和2年9月11日のことでした。
ブログのコメント欄、リンク欄がブログ管理者の判断で削られたために、この5年間、山根治ブログの読者の方々との対話ができなくなっていました。ネットで情報を発信する上で致命的なことでした。ネット上でのリンクが断ち切られた状態だったのです。事実上の言論封鎖状態でした。
改めて、近く、別途「山根治」ブログ、『美しい日本の面影-水郷松江の復活』を立ち上げて、従来の『冤罪を創る人々』ほかの全記事を移管いたします。
今後とも、水郷松江の復活をメイン・テーマにして、ブログを書き続けていくつもりです。読者各位の率直なご意見を賜りたく、ここに御願い申し上げます。

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